カテゴリー別アーカイブ: 社員のやりがい

339.That job did not inspire me という判断

この言葉、先日会った友人の英国人が長く勤めた会社を定年でやめたあと、能力が十分あって、周囲からのオファーがいくつもあったのに、どうして誘いを受けなかったのという私の疑問への答えでした。inspire という単語、元気にする、鼓舞する、ヤル気になるという意味ですが、ほうそういうことを彼は大事にするのかと改めて感心しました。日本人なら私も含めて、60才過ぎて再就職の誘いがあって、待遇がまあまあで、自分の経験が活かせるなら、65才のフル年金が出るまで、そこで働こうかと思うんですが、彼はあくまで自分の心に正直な判断をしたのです。あっぱれだと思いました。

欧州に10年住んで仕事をしてみてわかったのは、彼らの会社勤続年数は平均4~5年、自分の専門、好きなで会社に採用されるのですが、会社や仕事と相性が合わなかったり、次へのステップアップでどんどん辞めていきます。多くの日本の会社であった(ある)ように、仕事は与えられるものであって、選択できるものではない、与えられた仕事をおもしろく変えるのが社員の役割という考えはありません。欧米には転職を支える仕組みが社会にできあがっているので、生涯で普通数社以上を経験します。もちろん入社から定年までという人もいますが、それはまれです。会社側も新しいビジネスにどんどんチャレンジするので、その新規ビジネスにあった人を積極的に採用します。ですから、失業率は7%くらいあったほうがいいといわれています。日本のように限りなくゼロに近づけるような施策は政府も取りません。転職はあたりまえという社会通念です。

実は私も日本人としては多い3社を経験して起業しました。自分が会社を辞めた真の理由は、大きく見ればThat job did not inspire me any more というのは共通でした。まあネガティブに言えばその会社で働き続けるヤル気が失せたということだったと思います。そこに行きついた理由は違いましたが、そういうことです。最初の会社で外部コンサルを使った研修に参加した時、その講師が、「君はなぜ外資に行かないの?日本の会社の社内習慣、ルールに適応できないでしょう」と失礼なことを言われてむっとしたことがありました。しかし外部からはそのように見えていたのだなと今更ながら思いました。残念ながら外資には行きませんでしたが若い時に一度チャレンジしておけば良かったと少しだけ後悔しています。

きょうの大事なことは、今の仕事で自分をヤル気にさせてくれているのは何かと意識することです。できれば、給与、処遇以外に自分の価値観に合致したモチベーションしてくれる何かがあるといいです。私の場合、研修講師の仕事では、クライアントの会社、参加者に何か変化を起こせるのではいう期待と、エージェントの若い人たちと一緒に真剣にクライアントのことを考えている時は楽しいです。自分の経験、知識、ノウハウが関係者に役立っているという感じを持てることがモチベーションです。みなさんは何ですか?
それでは、チュース!!

 

232.社員がヤル気が一番出るのは、上司が自分の言葉で話してくれる時である

これは主に一般社員の課長に対しての言葉ですが、課長が部長に対して、部長が役員に対しても同じです。上の人が、ただマネジメントからの方針、戦略、指示を、スル―して、「上がこのように言ってるから、君たちも文句言わずに、おとなしく従ってやってね」とできあいの文章の繰り返しやイントラネットのメッセージの復唱だけでは、下はそれなりにしか動かないのです。自分の頭で、その背景、目的、方針、戦略、戦術まで理解して、わからなければ、うるさいと思われても、上に聞くとか横の同僚にわかるまで質問して、自分がそれらを納得するまでしないといけません。それをしているうちに自分の中で咀嚼され、こなれて、自分の言葉に熟成、発酵され、価値のある発信ができてくるのです。

しかしながら、これは言うのは簡単ですが、実行は考える時間と、聞く相手の面倒くさそうな反応を予測すると、けっこうたいへんです。しかし自分の言葉で発信の威力は絶大です。もちろん発信したあと、部下からの質問にも十分答えられます。内容は自分自身で腹落ちしていますから、どんなことでも対話の中で部下に説明できます。納得してもらうことができます。そうすれば部下自身が自ずと腹落ちして俄然ヤル気が出て成果につながること間違いないです。キーワードは「自分の言葉」です。

ちょっと飛躍しているかもしれませんが、「自分の言葉」というと、フランクシナトラの「My Way」の英語の歌詞を思い出します。よくカラオケで中高年のちょっと歌のうまいおじさんが、声を張り上げているあれです。布施明の意訳した日本語の明るい船出の歌とは違う英語の原曲のほうです。You Tube では生前のフランクシナトラがラスベガスで絶唱しているのが見られます。そこでの観客はほとんど熟年夫婦、オリジナルの歌詞にあるように人生の終わりを感じ、自分のたいへんだった、つらかった人生をポジティブに勇壮に振り返れる、アメリカンドリームの成功者たちです。みんな最後は、感極まってスタンディングオベーションで涙しています。

この最後の一番盛り上がる歌詞は、次です。特に太字の部分です。

“For what is a man, what has he got?
If not himself, then he has naught
To say the things he truly feels and not the words of one who kneels
The record shows I took the blows and did it my way!”

私なりの解釈ですが、

人として何をすれば、何を得れば良かったのだろう、それはいろいろだろう。
しかし大事なことは、自分を偽らないこと、自分自身であることである。
それがなければ、自分が本当に感じたことも言えないし、人がひざまずく言葉も持てないのだ。
記録は、私が戦ってきたこと、それも自分のやり方でやってきたことを示している。

状況は違いますが、自分自身であって、自分の言葉を発する、生きる上でのその心根は同じではないかと私は思っています。

それでは、チュース !

214.エリートサラリーマンに内的キャリアは必要なのか

サラリーマンは、充実した人生を送るためにキャリアを持つことが重要でありキャリア研修が、会社の内外でさかんです。一般的にキャリアには次の2種類があります。

・外的キャリア:職種、会社、地位、資格、など外から見えるもので、通常キャリアと言えばこちらを指す。
・内的キャリア:人生、仕事、働くことにについて自分が考える価値、意味、意義、重要性
など周りからは見えないもので、これらがベースになって外的キャリアを目指すことが多い。自分の強みを見つけ、そこの強化を図ることも含む。

と言われています。

私もキャリア研修の講師の時、自分の人生経験も入れながら、そのふたつについて話しています。しかし一流会社のエリートサラリーマンの中には内的キャリアなど考えたことがない人も多く、外的キャリアの達成だけで自分は十分満足、家族ともども幸せに暮らせるという人もいます。たしかに多くの日本人は会社中心主義ですから、有名な大学に行くのも、良い会社に入るための人は多く、努力と運で良い会社に入れば、早く昇進することを目指します。良い会社に入れば新入社員でも簡単にクレジットカードを発行してもらえますし、社員なら住宅ローンの審査も軽くクリア―できます。課長、部長、役員、それ以上になれば社会的にも高く評価されますし、世間からも尊敬され、憧れの対象になります。給与も上がりますし、仕事の範囲、権限もどんどん大きくなり面白くなっていきます。もちろん責任もついてきますが、それは当たり前です。順調に会社で出世して、昇進していく人は外的キャリアだけでも十分でないかと私も思います。

それでは、なぜいま内的キャリアが必要なのでしょうか。私の若い頃は内的キャリアなどありませんでした。外的キャリア、それも会社の仕事内容、ポジションだけでした。

なぜいま? について、私は次のことではないかと思います。

・自分自身の強みを再認識してもらい、そこを強化し将来会社の業務に生かしてもらう。
・自分のポテンシャルを最大限に生かしてもらう。そのために「得てに帆をあげて」もらう。

この背景には、会社の強いビジネスモデルも長くは続かない、次なるビジネス構築のために
全社員が自分の強みのブラッシュアップを常にしていて欲しいと思っているからです。
また、最悪リストラされた時にも、自分の強みがあれば再就職で有利になります。

・会社はピラミッド構造であり、全員優秀で、同じように努力、成果を上げても上に行く人は限られている。また、干されたり、不遇な扱いを受けることもままある。外的キャリアだけでは、ヤル気をなくしてしまう社員が増えてしまい、50歳を過ぎると余生に入ったり、ウインングランをしてしまう人もいる。そのような時、会社の外的キャリア、ポジション以外の自分の価値観軸を持っていれば、困難にも耐えられるし、へこんでもまた立ち直れる。会社でもポジション以外の価値観でまた仕事に頑張れる機会が増える。リストラにあっても耐えられる。

・定年や役員退職で会社を離れた時に、会社の外的キャリアがなくなっても、内的キャリアをしっかり持ち、会社外とのつながりもしっかり持っていれば、老後もハッピーに送れる。ソフトランディングできる。
逆に、外的キャリアだけだと、役員、社長で退職した時でも、会社と関係がなくなった時に、自分の存在価値が大きく減少して、生きる価値を見失ってしまう。時には、急死したり、アルツハイマーになってしまう人もいる。

そんなこんなで、内的キャリアの重要性がサラリーマンに増してきています。。

それでは、チュース

190.いくら頑張っても上司から怒られ続けられているあなたに

私のサラリーマン時代の一番嫌な経験ですが、ある上司から長い間、罵詈雑言で怒られ続けた期間があります。8年くらいは続いたでしょうか。仕事での失敗を上司が注意、指導するのは、当然と思い最初の1~2年は我慢していました。言われたことはすぐ直して改善はするのですが、すると次に新しいことで怒られます。それがずっと続き少し神経症にもなりました。ある時、自分がやったことでもないのに呼び出され、おまえの部下の指導が悪いからこうなったと言われます。複数の人間でいた時、その上司の悪口をいう人がいて、それを聞きつけた上司はそれを言った人ではなく、一緒にいた私を叱ります。理由が全くわかりません。ある時、とうとう私はきれてしまい上司に普通に理不尽な対応をする理由を聞きました。その上司はその内容ではなく、部下が上司に口ごたえとは何事かと、逆ギレしてきました。私もこんな状態が続くなら会社を辞めてもいいと思っていましたから、こちらもキレて大喧嘩になりました。見かねて救いの手を差し伸べてくれたのは、仲の良かった同期と、その上司の上司だった今、富士フイルム会長の古森さんでした。その職場から異動になり、まもなく海外駐在もでき、結局我慢しないで、勇気を出して恐い上司に正直に言ったことで道が開けました。強い私になりました。もしそのまま我慢していたら今の自分はなかったと思います。

こんな昔の話、忘れたい話は、とうに記憶から消えていましたが、前から興味のあった心理学者アドラー「人生の意味の心理学」がそれが起きた理由を明快に説明してくれました。これは、これからのサラリーマン、ビジネスマンのために役に立つと思って今書いています。

アドラーの説では、上司は「私に仕事上のミス、欠点があり、その理由によって私を叱る」(原因論)のではなく、「私を叱りたいという目的が先にあって、叱りたいから私のミス、欠点を見つける」(目的論)ということです。この説だと上司が取った言動はすべて説明できます。では、どうすればこの状況を打開できるか、アドラーのアドバイス、それは、理不尽な上司に普通に事実に基づいてその理不尽な理由を聞くことです。もちろん上司は権力を使って押しこんでくるでしょう。部下はそれが恐いから、上司との関係性が悪くなれば自分の評価も落ち、会社での昇進もままならないと思うから黙ってしまうのです。しかしそんな職場にいる価値はあるのでしょうか?と言っています。その上司とけんかしても他の職場があるでしょう。その会社に居場所がなければ他の組織、会社にいけば良いのです。自分はまともなことをしているのですから、ひるむ必要はないというのが、かれの主張です。これは正論です。私自身は実際に同じことをして、道が開けましたからどうしようもない状況の人は考えてもいいことだと思います。アドラーが言うところの自由に生きるため、自分らしく生きるための「けんかする勇気、嫌われる勇気」です。いじめられ、ばかにされて、うつや、神経症になるよりはよっぽど良いと思います。

もうひとつアドラーは部下を理不尽に叱りつける上司は仕事とはあまり関係のないところで部下を叱りつけ、優位に立とうとする。部下を叱りつけ、部下が落ち込むのを見て優越感を持つ、仕事では能力のない人がそうすることが多い。彼らは他者の価値を落として自分が優位に立とうとする行動から「価値低減傾向」とアドラーは呼んでいます。これらの人の特徴は、自分の「不幸自慢」をする人、たとえば子供の時貧しい家庭に育った、学歴で劣等感を感じる、重い病気をいくつも持っている、今まで努力しても正当な評価をしてもらえなかった、人たちです。彼らは今ぬくぬくと幸せな人を見ると蹴落としてやりたい衝動に駆られてしまうようです。

サラリーマンは上司を選べません。これはあてがわれます。運よく良い上司に出会った時は最高の幸せと思ってください。しかし不幸にもそうでない時は、上司にもの申す勇気、嫌われる勇気を持ってください。一時的には不遇になるかもしれませんが、サラリーマン生活、ビジネス生活トータルでの幸せの積分値は、何もしないで我慢して送るより大きくなると私は信じています。

それでは、チュース

169.自分の出番のある会社に行こう

昨日までやっていました、今全盛のフィギュア全日本選手権、25才の浅田真央が女子では最年長、まだ21才の羽生が4連覇と時代は大きく動いています。フィギュアスケートは厳しい個人競技で、並はずれた才能、努力は絶対です。そして良いのは結果が全部自分の責任であることです。だめでもそれは自分が悪いと納得できます。個人競技のゴルフ、スキー、テニスなどはそうでしょう。しかし団体スポーツはいくら個人の力があっても、チームの戦略に合わない、監督とそりがあわない、チームメイトとうまくいかない、自分より力のある選手がチーム内にたくさんいれば、試合にはでれません。会社に勤めるサラリーマンは、団体競技のプレーヤーに近いと思います。

たくさんの会社で研修やコンサルをしていると、いろいろな若手、中堅社員、管理職の方にお会いします。ビジネスマンの評価を会社は、いろいろな項目で個人査定しています。当然です。一方働いている方も会社を評価しています。給与、ポジション、福利厚生、社内の風土、風通しの良さ、等々です。加えていろんな働く人に会って一番いいなと思うのは、会社で働く人が自分の能力をいっぱいに出せる環境、仕事を与えられ、個人も意気に感じて仕事に打ち込んでいる姿を見る時です。

これは「当たり前じゃないか」と思う人がいるかもしれませんが、実際には案外少ないです。世の中で言われている良い会社ではないことも多いです。学生人気の高い、超一流企業、○○海上保険、○○生命、○○商事で、もちろん活躍できる人もいますが、もともと超優秀な人たちだけの集団ですから、その中での競争は激しく、頑張っても早めに落ちこぼれて、いい仕事を与えられずに、超一流企業勤務の看板はもらえるものの、もんもんと定年までいる人もたくさん見てきました。

私がサラリーマンを経験した富士フイルムも人気が高い企業で優秀な人がたくさんいました。私も良く働いて部長職の肩書はもらいましたが、いろんな事情もあって、最後の仕事は定型業務の新入社員や派遣さんの仕事をすることになり、しかも昼過ぎにはそれも終えてしまい退屈して辞めて転職してしまいました。いわゆる窓際です。会社もそれを望んでいたような感じで、引き止められることもなくあっさり辞めました。そのあと、起業するまでに2社で快く受け入れてもらい、いろいろな経験、責任ある仕事をさせてもらい、社長、代表もさせてもらいました。肩書があっても出番のないところで、煮詰まってうじうじしているよりは、自分としては良かったかなと思います。まあこれも運命です。自分の置かれた環境を恨むことなく、その状況に適応して生きていけばよいのだと思います。

話はプロスポーツの世界に移りますが、どんなに人気のある有名なチームに所属しても、出番がなければ試合にでることができなければ、試合感はなくなり力もどんどん落ちていきます。報酬は多くても達成感は得られません。自分の力が出し切る場が絶対に必要です。サッカーの香川がドルトムントからマンUに行って全く出場機会がなく、ドルトムントに復帰してまた輝いています。イチローは出場機会を求めてヤンキースからマリーズに移籍して40過ぎても現役バリバリでやってます。FC東京から、ドイツ・マインツに移籍して全試合出場の武藤も才能が一層開花しています。ちょっと前ですがサッカーの小野伸二がオランダリーグ、中村俊介がスコットランドリーグに行って活躍できたのも出番を求めたからこそだと思います。逆に有名な名前に魅かれて入ったものの、出番なく消えていった選手もたくさんいます。

私は生涯、巨人の控えの選手よりより、独立リーグの4番打者の選択のほうが好きです。

日本の学生の傾向として、またビジネスマンが転職先として候補にあげる会社として、世間で言われる一流会社志向がとても強いと思います。親、親戚、配偶者、彼女、彼氏は安心するかもしれませんが、自分の力を出し切れる、環境、職場、仕事を真剣に考えてください。そのほうが、仕事、人生での大きな満足感がより得られると思います。そのためには、自分が何がしたいのか、何ができるのかをよく考えてください。将来を含めてです。また就職情報だけに頼らず、自分の足で生の情報を集めて真の姿を知ってください。外に出している情報と実際の乖離が大きい現実もしっかり判断してください。良い就職とは、良い会社に入ることではなくて、そこで自分の力を出し切り、さらに成長することだと思います。

それでは、チュース

139.やらされ感とあきらめ感は、何故生まれるのか

会社の人事担当の方から、よく言われる困りごととして、この厳しい就活を勝ち抜いてきた活き活き新入社員が、1年後 伏し目がちになり、2年後 肩が落ちてきて、3年後 猫背になり、5年後 出るのはため息ばかりになってしまう、なんとかなりませんかということです。しかしこれは特定の会社だけではなく、多くの会社で起きている現象です。そして若手だけでなく、中堅、中高年、シニアでも見られます。よくどう対応したら良いのでしょうと聞かれるのですが、その前に、どうして元気だった、意欲のあった人が変わってしまうのでしょう。そこに注目すべきです。それは、あきらめ感、やらされ感が彼らを支配しているからです。ネガティブイメージの両方は似てもいますし、原因は近いところにもあります。

やらされ感を感じる人は、自分がしている仕事の中身を自分として腹落ちしていない、つまり納得感がないのです。部長研修で、部下が仕事をする時のレベルを聞きます。仕事を①知っている ②理解している ③納得している ④共感している ばらつきはありますが、平均すれば、2と3の間でしょう。さすがに①は少ないですし、もしそうなら問題です。さすがに④のレベルを少ないですが、その時のパフォーマンスは相当に高いです。おわかりのように、①から④に上がるほど、仕事の質は上がります。この違いはどこから生まれるか、ですが部下への仕事の出し方、説明の仕方、説明の後で部下からきちんと質問を受けているか、その環境を作って対話をしているかの差です。仕事への意欲、結果の差は、仕事の目的、意味、背景の理解のレベルで変わるともいえます。良く言われる山本五十六の「言ってみて、やって聞かせてさせてみて、誉めてやらねば、人は動かじ」です。部下を動かすコツは昔と変わりません。要は、質問ができる環境と対話の量だと思います。質問があるなら何でも言えと強面で行ってもたいていの部下は黙るだけです。

あきらめ感は、自分がその仕事をする能力がない時に起こりがちです。この場合、上司は忙しいことを言い訳に部下に仕事を丸投げしていることが多いです。忙しいがゆえに、上司は部下に質問させない雰囲気を作ります。部下は、その仕事をする理由もさることながら、スキルとしてどうやったら良いのかわかりません。上司にも聞けないし、周囲の同僚、先輩も多くは、「忙しいから自分には聞いてくれるなオーラ」を出します。そうなると部下は孤立して、できないまま悶々として納期の日を迎えます。これも自分が言われた仕事に納得しないまま進めています。怒られるなら1回でいいやと思っているかもしれません。結局できなくて上司に叱責されるのですが、その時、上司は必ず言います「できないなら何故早く言ってこない」、でも言われた善人で気の小さい部下はそんなことは言えないのです。せめて一生懸命努力したことだけでも評価してもらおうと思ってしまうのです。これは、どちらにとっても不幸です。できないことは早くオープンにしないといけません。オープンになったら、上司、先輩、同僚は、できるまで、わかるまで対話してあげることです。そういう環境を職場に作らないといけません。「できないなら言ってこい」ではワークしません。

日本の、組織、会社、学校の職場で、この「やらされ感」と「あきらめ感」が激減すれば、
閉塞感はなくなり、生産性は大きく向上し、働く人たちの元気な笑顔が大幅アップすることは間違いありません。
仕事に対して自らコミットメント、当事者になります。インボルブメント=巻き込まれた感では、他人事、傍観者で終わってしまいます。

それでは、チュース

84.言い出しっぺが損をする文化からの脱却

多くの会社で風土改革、意識変革、業務の効率化、部門間協力等々の会社をよくするための研修を行うと部門を超えて参加した前向きな多くの社員はフランクにまじめに熱心に討議、対話を重ねて、そのテーマに沿ったとても良い課題がでてきます。その課題の実施に向けてものすごく全員ヤル気です。ここまでは良いのですがいざ実行の段階に入り推進担当を決める段になると、しり込みする人が増えてきます。自分は忙しい。上司からにらまれ、「そんなことやる前に言われたことをきちんとやってからにしろ」と言われてしまう。「そんなに暇ならこれやってよ」先輩から言われる。職場に戻って活動を広げようとしても全く協力者は出てきません。思いのある、できる人たちだけで始めますが、なかなかうまくいかず結局頓挫してしまいます。また自発的に会社のために良かれと思って上司に何か提案しても、「そんなに言うならまず君がリーダーなってやってみてください、協力するよ」と言われ、孤軍奮闘しているうちにあえなく討ち死にということにもなります。

もちろん風通しが良くて社員が信頼しあい、新しいことに全員で協力する職場風土があれば良いのですが、それがないからそのような研修があり、違和感を感じて立ち上がる社員がいるわけです。一度この失敗、挫折の経験をすると、その人のトラウマになってしまい、それ以降はこの手の研修、活動には批判的になり手を出しません。自分から変革のための提案はけっしてしません。トップのお声掛かりで始まったプロジェクトに参画しても、トップ交代によりそのプロジェクトは頓挫、新しいトップは前任者と全く違うことをやりたがるため、前のプロジェクトに執着すると前の政権よりと思われ冷飯を食うはめにもなります。グループ会社で社長が親会社から定期的に下りてくる会社ではよく起こることであります。

ではどうしたら良いか。改革活動は研修から始まっても、また社員の自発性からはじまっても、経営トップの強力な継続的なサポートがなければ続きません。あるいは部門長でもいいです。勤務時間内での活動や、予算も必要です。このような変革、改革は完全な経営マターですから、トップの承認、サポートは必須です。思いだけでは自己満足で終わります。冷静、ドライな判断も必要です。もしそれが得られなければしばし力を蓄えて時期がくるのを待つべきです。拙速は禁物です。下からのボトムアップの活動だけで会社を変えたというケースは皆無に近いと思います。

しかしながらリクルートは違うと聞きました。みんな社員がどんどん手上げで、新しいビジネスや仕組みを提案、実行して、それが評価されるということです。そのかわり、多くの社員は会社でのその経験、スキルを活かして、20代、30代から会社を退職、新しい仕事にチャレンジしていくそうです。社員の会社への期待が普通の会社とは大きく違うようです。なかなかある会社ではありません。

それでは チュース