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581.富士フイルムHDの米ゼロックスの買収破談は、両社に良い結果

ざっと富士ゼロックスをめぐる、両社の経緯をおさらいしますと、①富士ゼロックス創業(1962)富士フイルム50%:英ゼロックス50%の持ち分 ②2001年米ゼロックスのは1980年~1990年代の経営不振により、富士ゼロックス株式25%を富士フイルムへの売却、富士ゼロックスは富士フイルムの子会社に、富士フイルム:米ゼロックス75:25 ③但しその後も富士ゼロックス出身の経営者によるガバナンス継続、富士フイルムの銀塩感材消失に売上、利益を補完する ④富士ゼロックスNZ経営陣の不祥事(2017年)により、富士フイルムHDが富士ゼロックスのガバナンスを取る ⑤2018年1月、富士フイルムHD、米ゼロックスの買収発表、7月までにクロージング富士ゼロックスは、米ゼロックスの100%子会社になる、富士ゼロックスの1万人リストラ発表 ⑥モノ言う、米ゼロックスの株主、買収契約無効を米裁判所に提訴、一審は株主勝訴二審は富士フイルムHD勝訴、米ゼロックスは株主に1株40$の配当を富士フイルムに要求、富士フイルム拒否 ⑦2019年12月 買収破談と富士フイルムHDは、米ゼロックスから富士ゼロックスの残り株25%を買収、100%子会社とする。

2018年1月の買収発表の時は、ペーパーレス時代を迎えている複写機事業にとって、米ゼロックス・富士ゼロックス統合による経営効率化と新規事業の創出は、論理的には正解です。それしかなかったと思います。しかし、米国有数の老舗伝統企業がアジアの国の軍門に下るのは、ビジネス論理以上に心理的抵抗が強かったと思います。会社は株主のものが明白なアメリカでは、金さえ入ればいいという考えが、経営者も株主にもありますから、先の米ゼロックス経営者は、事業が低迷するなかで、富士フイルムに買収される選択をして、自分たちも高価な報酬を得て経営から退き、それなりの配当を株主すればよいとの選択をしたのだと思います。表向きには米ゼロックスの買収案での評価が不当に低いということで株主は買収異議を唱えたのですが、日本の会社の下に入るのは嫌だ、白人は黄色人種より階層が上という意識を感じます。

結果として、富士フイルムは完全に富士ゼロックスを自分の支配下に置き、富士フイルムとのシナジーを完全にフリーハンドで行うことができます。欧米の企業にお伺いをたててからでないと意思決定できない仕組みは時間ばかりかかってワークしません。富士ゼロックスは富士フイルムに比べたら優しい会社ですから、富士フイルム流の厳しい管理をしていけば、リストラは容易にできました。そこでの構造改革は終了しています。米ゼロックスとの販売テリトリーの棲み分けも排除されますから、世界中自由に売れるようになります。かなり良いディールだったと思います。

一方の米ゼロックスは、富士ゼロックス株売却の2500億円が手元に入りましたから、このお金で経営者と株主は一時的ですが潤うでしょう。欧米の会社は長期的視点に欠けるところもありますから、それでいいのです。先日米ゼロックスが仕掛けた、3兆3千億円でのHPの買収案は、常識的には荒唐無稽です。今や格はHPのほうが上ですから、提案は一蹴されましたが、HP経営陣より、統合案には興味がある、HPが米ゼロックス買収の検討を始めたようです。その時は米ゼロックス経営者の協力が必要と言っています。これは、HPが米ゼロックスを買収時は、米ゼロックスの経営者は降りてください、お金払いますからというように聞こえてきます。どうも最初から両社の出来レースのようにも思ってしまいます。日本の会社に買収されるより、米国の会社のほうがいいと思っているのでしょう。

私は30年前に、米国Dupontと富士フイルムで英国の会社を買収して共同経営した経緯に関わってきました。プライドの高さは、英>米>日でした。英国の会社は、買収されたのにパートナーが変わっただけと居直って全く指示を聞きません。幹部に文句を言うと高額の退職金をもってすぐにやめていきます。実はそこが最初から彼らの狙いだったのです。欧米人の価値観、文化、会社への意識は日本人とかなり違います。そこがベースで議論が始まりますから、結論が合うわけがありません。結局Dupontも経営から降りて、富士単独で英国の会社の経営を行いましたが、うまくいかず10年ほどでその会社はMBOしました。その会社は現地人だけでそれなりにうまくやっています。欧米企業との連携、M&Aはもはや避けて通れないものですが、その根っこが違うことは十分に認識しないとだめです。日本人の性善説、話せばわかるは足元を見られるだけです。

それでは、チュース!!

492.相手をみたら疑うことも考えよう

あいかわらず、お年寄を中心に狙われる「オレオレ」詐欺が横行しています。国内、海外でも優しそうな人の良さそうな人への押し売りセールスが盛んです。特に海外ではおとなしい日本人はカッコウの餌食になりやすいです。日本の各地の旅番組を見ていても、人にやさしい親切な日本人がたくさんでてきます。インバウンドのキャッチに日本の良さは、日本人の優しさ、おもてなしだともされています。これらを見ているとへそ曲がりな私はちょっと待てよ、相手をすぐに信じて控えめで、すぐにもてなす、そんなに性善説だけでは世の中は回るのかなと思います。日本では表裏があることが偽善者のように悪く言われますが、初対面やあまり良く知らない関係で相手を信じてはだめです。必ず裏があります。欧米人のように握手をしながら相手の足を平気でけっ飛ばし合う領域までは難しいですが相手を疑うことは長い目で見ると大事だと思います。

人間のストレスは100%人間関係ですが、そのもっとも大きな理由は相手を信じていたのに裏切られたというものです。日本人は簡単に相手を信じすぎるのです。信じた人も悪いのです。近隣国や東南アジアの人間は自国人でもまず他人は信じない、だからおもてなしなど意味がないと思っています。必ず相手を疑います。ですから裏切られたと言ったトラブルは少ないのです。日本人は自分が誠意を尽くせば相手も応えると思いがちですが、それは海外ではありません。中国進出した日本企業の大部分が中国人に騙されたと言って引き上げていますが、それは中国人のビジネス慣習、国民性を知らない自分の責任でもあるのです。そして日本人は不利益にあっても相手を信じ続けて最後にブチ切れることになるので、相手と険悪な関係になるのです。最初からおかしなこと、疑問に思うことは、相手を信用せずにどんどん聞くべきです。そうすることで相手がこちらを舐めてくる度合いは減っていきます。国際ビジネスも政治も同じで、相手にまずNoということ、言えることが大事です。それもある程度強くです。私のサラリーマン時代の上司はある国際会議で、舐めて来た欧米人に対して、I do not understand you. というところを I never understand you.と言いました。英語表現的には問題あるかもしれませんが、相手にこちらの意志は伝わり、なめられたりいいなりになることは決してありませんでした。

相手を信じない極端な国はイスラエルです。自国領土を2000年も持たないまま民族として生き続けるには、ひとつにかたまってはいけない。人を信じてはいけない教育を徹底します。小さい自分の子供をタンスの上に立たせ、さあ自分に飛び込みなさい、受けるからと言って、飛んだらよけるのです。泣く子供に対して親だって信じられないのだから、絶対に他人を信じるなと教えるのです。たぶんイスラエルにはオレオレ詐欺はないでしょう。

相手を信用しなくなると、仲間内では不人気になるかもしれません。あいつは性格悪いとか素直ではない、人を信用しないとか、いい人ではなくなります。でも簡単に相手を信用して裏切られて関係性がより悪くなるよりいいでしょう。そんなにいい人である必要はないと思います。

それでは、チュース!!

477.控えめ、我慢は日本人の美徳だが、海外との関係では欠陥にもなる

日本の初等教育から、大学教育(特に体育会系)、会社の社員教育まで一貫している方針は控えめと我慢です。儒教、武士道の影響か、個人の自我、自由な発想は抑えて、周囲、目上の人を敬い従い、そこで我慢できたものが評価されていくのが基本的なルールです。

従順、素直さが評価ポイントで、自分の意見を強く主張したり、抵抗したりすると、生意気とか態度が悪いという攻撃を受けてはずされてしまうのです。そこで我慢してうまく上に行けた人たちは、自分の目下、部下に対しても同じ価値観を強要していきます。そこで従わない人たちには結果としてパワハラという行為に出てしまうこともあります。そしてその控えめ、我慢は日本人の良い特性として、日本人もまた海外からも評価されているのは事実です。

今回のニッサン、ゴーン氏の暴走事件、絶対的権力の腐敗と言われますが、ゴーンさんは変革の錦の御旗のもと、自分の言うままに動く優秀な日本人イエスマンを揃えた結果、日本人特有の控えめ、我慢のできるエリートたちが忖度して、説明せずとも自分の考える通りに動いてくれ数年して会社の数字も回復してきたら、なんとも気持ちの良い世界ができあがっていたのだと思います。そうなると勘違いして自分の権力、欲望はどんどん拡大していきます。人間の性です。ゴーンさんに抵抗したら干されますから、周囲はおかしいことがあっても黙認、知らないふりをするしかないのです。その我慢が限界まで達すると、支配されていた人たちの怒りが爆発、クーデターになってしまいます。ゴーンさんはいま容疑をすべて否認していますが、彼からしたら日本人役員の合意を得てすべて進めていたと確信しているでしょう。

海外のホテルでトラブルがあると日本人はその時は穏やかだが、後になって強烈なクレームレターや関係者を使って損害賠償を求めてくるので、要注意だと聞いたことがあります。日本人は最初は控えめ、我慢しますが、それが限界を超えると強烈な反応をします。最初から、おかしなこと、納得できないことがあれば、オープンに、ガンガン意見交換できれば良いのですが、日本人は事を荒立てたり、論争になることは極端に苦手です。最近は変わってきましたが、それでもそれを日本人通しでそれをやったらアウトなのです。しかし外人とのビジネスでは、欧米人、中国人、東南アジアの人でも最初から、仕事と割り切って事実ベース、かなり激しく自己主張すべきです。おとなしくしていたら負けなのです。

太平洋戦争のきっかけになった、日本への石油の禁輸を意図したABCD包囲網に我慢できずに交渉を絶って、相手の思うつぼである真珠湾攻撃を仕掛けたのは、日本人なら堪忍袋の緒が切れたといって理解できますが、英米はその特質を知ってわざと日本にきれさせたのです。先制攻撃されたとして彼らの正義として戦争をする口実を与えてしまったのです。

向き合って、堂々と論戦をはる、意見を言い合う習慣は、場を読む、空気を読む日本の長い伝統からは難しいのですが、控えめ、我慢はやりすぎると必ずキレます。そうするととんでもないことが起きてしまいます。論争しているうちは大ごとにはなりません。控えめ、我慢もほどほどにして、怒りは小出ししていきましょう。

それでは、チュース!!

444.欧州で働いていた時の自分への教訓

先日、私のブログ437.昔の欧州でのローカルの仲間との楽しい再会の話を書きました。懐かしく思って当時のノートを見返していたら、欧米と日本のビジネスについて下記のようなことを書きつづっていました。当時はグローバルな斬れるビジネスマンになるんだという強い意志がありエネルギッシュにやっていたことを思い出しました。少し元気がでました。それを紹介します。

・欧米ではなめられたらおしまい。傲慢、卑屈にならずイーブンにつきあうこと 欧米人は最初は必ずなめてくる。冨士フイルムといっても欧米では3流会社であることを認識する。なめられたらどうするか ビビらず自分に意見が言えるか。そこがカギである。討議では最後の言葉は自分が言って終わること。

・英語はまちがっても、うまくなくてもどんどんしゃべること。コミュニケーションの手段にすぎない。大事なことはロジックである。

・以心伝心は単一民族である日本人特有のメリット、ムラ社会、空気を読む力は欧米では通じない。論理的に話さなくてはだめである。

・欧米は意見が違うのはあたりまえ、だからコミュニケーション、ダイアローグが進化した。日本には義理と人情、たてまえと本音があり、オープンな議論は会議ではできない。日本に戻った時はそれを忘れるな。

・欧州では成果をあげること(具体的な数値目標、KPIが明確)が最優先だが、転職が少なく終身雇用が多い日本は違う、上に気にいられることが第一である。

・日本は成果でなく、評価 ⇒ 評判で決まる。何を言うかよりどう言うかが日本では大切、批判しても「でもあの人はいい人」を加えればなんとかなる。

・日本は成果よりヤルふりの方が大切かも。周囲にどう見えるかが最重要である。本当のこと真実は言ってはいけない、周辺で止めておく。KYはいけない。空気読め。

・最初は、英国人に後ろ指、フン族、野蛮人と言われたが、半年したら仲間になった。信頼を得ることは難しくない。彼らの考えを心から聞くことが大切。

・日本の駐在員は本社の言うことをきちっと聞かないといけない。現地向け、本社向けの2つの顔が必要。

・この会社のM&A失敗の本質は最初のボタンの掛け違え、本当のことを双方が言わなかった。深い意見交換をしなかった。だから最後まで信頼関係を築けなかった

・欧米は転職はあたりまえ、リストラよりゆるい、リダンダントとして会社を変われば、本人になんの不利益もない。会社に忠誠心などもつはずがない。

実体験、経験に基づいた真実であり、いまも変わらずにそう思っています。

それでは、チュース!!

438.日本人は海外駐在の時と東京本社に戻った時で人が変わる

アントワープ市街のカフェでビールを飲んでいると、年配のベルギー人が日本人かと言って話しかけてきました。日本の大きな会社数社の海外エージェントとして長年仕事をしてきたことがあり、こちらが日本人ビジネスマンと見て話しかけてきました。最近の経済動向、ワールドカップ、中国の成長などを話したあと、日本人駐在員の話題になり彼は興味深いことを言いました。多くの日本人とつきあったが彼らは、現地にいる時は自分たちと同じ価値観を持った人間だと思っていたが、東京に戻ると人が変わってしまい、とたんに話がわかりにくくなり、通じなくなると言っていました。違う人間になってしまうと言っていました。戻ると本社のきっちり決まった本社の戦略、方針の代弁者になってしまい、なかなかこちらの事情を理解してくれようとしてくれないとのことで、それを奇異に感じていました。他の国ではどうなの、と聞きますと日本の会社が多いから良く分からないけど、欧米系の会社では現地でも本社に戻ってもあまり変わらないとのことです。

もちろん、日本人でも現地駐在でも東京しか見ていない人もいますし、多くの日本人スタッフを抱えて直接現地人と話さない人現法トップいます。また東京に戻っても同じように振る舞う人もいます。欧米の人から見れば日本は戦後大きな経済発展をして有数の先進国になったので、きっと人間、価値観も自分たちと似ているに違いないと思うのもしれません。確かに他のアジアの国よりは欧米に近い価値観だと思いますが、私の経験では、駐在員は海外にいる時と、東京本社では環境が違います。海外では最前線で現地で働き、現地のエージェント、スタッフとも彼らの価値観・文化の中で自由に発言、行動できます。そのポイントは自分の思ったことは本音で何を言ってもよく、それが尊重されることです。東京本社も海外のことはよくわかりませんからその態度、言動も多めに見てくれます。

しかし東京に戻れば、厳しい管理のもとガチガチの規則、ルール、しきたりがあってそれに従わなければなりません。会社の戦略、方針通りに海外現法、エージェントを指導、管理を要求されます。自分の判断の自由度はかなり少なくなります。明確な敬語が存在しヒエラルキーははっきりしています。日本、日本語では自由な発言は控えるような空気があります。その違いに違和感を持つ海外の人間は多いと思います。しかしその変換、日本適応できないとその時点でその社員の評価は落とされます。それが多くの日本の会社の伝統です。この方式はビジネスモデルが安定している時は、無駄がなく効率的に作用します。日本の会社は1970年から2000年くらいまでです。そのあともその時代にマネジメントに上がった人はそのやり方を踏襲します。自分の成功体験ですから当然かもしれません。私の考えでは、日本本社内でも自由な発言が上下関係なく出てくるような環境がこれからの環境編変化への適応の時代には必要と思うのですが、どうもそうはなっていない、そちらにはいかないように見えます。それはまだ今のやりかたでマネジメントが困っていないからでしょう。

若い時から自由な発言をしたければ、そのような業界、会社を選んでいくべきでしょうしょう。日本にもあります。または外資系ならほぼ大丈夫です。しかしそこには、年功序列や定年まで働ける保証はないことを覚悟しないといけません。

それでは、チュース!!

 

437.朋あり遠方より来る、また楽しからずや

これは論語の古い言葉で、心の友と呼べるような親友が遠くから訪ねてきてくれるのは、たいへん楽しいもので人生を豊かにします、という意味です。今回これを実感しました。

今回のヨーロッパ訪問の一番の目的は、昔の仲間たちとの再会でした。時々欧州を訪問して昔の友達たちと再会してたくさん話して、笑って、飲んで、食べて楽しんでいました。今回もそうしようと思っていましたが、欧州にいる友人が、いっそのことみんなに声かけてみましょう、みんなもお互いに会いたがっていますよ、というわけで同じビジネスを各国でした仲間たちに声をかけると、13人から行くよとの返事があり、とても驚き感激しました。

この時期は欧州バカンスの最盛期で結局、私を入れて9人になりましたがそれでも6ヶ国から自費の航空券とホテル代負担ですから、彼らの気持ちがうれしかったです。そのビジネスは私がサラリーマン時代、1993年~2003年までジュッセルドルフ、ロンドン時代にプレプレスという印刷機にかける版を作る機器、材料を全欧州で扱う仕事でした。アナログからデジタルへの変換時で大きなビジネスでした。楽しい思い出より、つらい、悲しいことが多く、今回来る代理店の責任者からは、私を訴える、機械の出荷が遅れてユーザーに代替機を出したからその金を払え、発売の遅れの保証をしろとか、いろいろなトラブル続きでした。でも私も真剣に逃げずに誠意を尽くしたので、その会社を離れて13年に経ちますが、今だに彼らと人と人の関係でつながっていて再会できるのは私の大切な財産です。そんな彼らと今度は合同での再会です。盛り上がりました。もうリタイヤして悠々自適な人、まだ現役バリバリで頑張っている人半々くらいです。

私がいた英国の会社をMBOした社長と役員は新しい印刷分野に挑戦、厳しい、儲からないと言いながら、それぞれ好きな最高級フェラーリとポルシェを新車で買って楽しんでいます。76才の最高年令の彼はまだ会長職で世界をエネルギッシュ飛び回っています。スペイン人で最若手は、会社を親から引き継ぎ、ボリュームが10年前と比較して半分になったと嘆いていますが、まだスペイン全体に9の拠点を持ってケセラケセラの心境で底抜けに明るいです。まだ50才過ぎの有能な彼は、新しい会社に転職、獲物を見つける鋭い眼光でした。会には来られなくて翌週会った彼は、50才で会社からリストラされた彼は、自分でCRM(顧客関係性マネジメント)で起業して良いクライアントを持って楽しく充実した生活をしていました。引退した人たちは、自分の趣味である、ウオーキング、ガーデニング、家族との旅行、ゴルフなどで忙しく動き回り、ボランティアもしている人もいます。じっとしている人はいませんでした。大きな病み上がりの二人は少し老けた感じでいたが、今はリカバリー、人生諦めることなく自分の好きで、できることを見つけて余生を楽しんでいます。

彼らに共通しているのは、よく話し、よく食べ、良く飲み、良く笑い、良く仕事をし、良く遊んでいることです。自分の人生にポジティブで楽天的です。ディナー前後のバーを入れると8時間くらいのロングランですが、切れ間なく、全員トップスピードの英語で爆走、話しますからさすがに最後は英語に少し疲れてしまいました。話題はプライベート、仕事から、各国の年金事情、英国のEU離脱の是非などさまざまです。しかしあっと言う間の時間でした。彼らから「お前は日本人としては同じ目線の珍しい味方だった、だから今日来たんだよ」「お前は忘れられない男だった」「体を張ったサポート、本当にありがとう」の熱い言葉をもらうと、彼らと仕事を一緒にして良かったなとつくづく思いました。最後は、みんなから、この会またやろうねという話もでましたが、それはなかなか難しいことです。しかしこのつながりは大事にしていくつもりです。ビジネスで大事なことは、技術、スキル、金、情報といろいろありますが、どうやって人とつながっていくのかでもあると実感しました。

それでは、チュース!!

 

 

428.富士フイルム、米ゼロックス買収のせめぎ合い

昨日午後、富士フイルムHDの古森会長は産経新聞社などとの共同インタビューで、「米ゼロックス買収は、締結した買収契約が履行されなければ損害賠償も辞さない。米ゼロックスからの1株あたり40ドル引上げでの買収提案はNoと明言。引き続き交渉は続けるが、まだ新提案はない。ソロバンが合わずにこの膠着状態が数か月から半年続けば撤退もありうる。」と述べました。実に明快に、ロジカルな交渉について期限を設けて述べました。戦い上手です。相手の脅しにビビりません。ダメならNoと宣言しました。こういう交渉過程までオープンにするのはややもすると閉鎖的に見られる日本企業としては珍しいことで、富士フイルムHDの株主、社員、関係者にとても良いことです。

今回の買収が頓挫しているのは、米ゼロックスの、モノ言う株主主導による買収契約破棄でその目的は、いかに株主の取り分を増やすかです。もし本当に富士フイルムが買収撤退するとなると一番困るのは、米ゼロックスのモノ言う株主でしょう。買収先としてファンドに声をかけていますが、ファンドが買ってもそのファンドはまた、富士フイルムに売りにくるでしょう。同じことです。これから、双方で激しい交渉が続くでしょう。古森会長が場合によっては引くという選択枝を表明したのは相手にとっては脅威です。そして古森会長の表情からは冷静に引くこともあるぞという決意を感じました。

私は本件について、391、393、417、422号で書いてきましたが、この買収は戦略的な判断は正しく、その手法も富士フイルムにとっては効率的、効果的ですし、暗礁に乗り上げてからも、会長、社長とも冷静に状況判断して的確な対応をしてきました。買収撤退案は私も頓挫の最初からありだと思っていました。ですから、撤退して元に戻ってマネジメントを続ければ良いだけの話です。

しかしひとつだけ撤退すると富士フイルムに困ったことが起きます。それは今回の買収によって、1万人のリストラが発表され、その作業が進んでいる富士ゼロックス社員のモチベーションです。知人のゼロックス幹部社員からの話では、今回の買収は大きな戦略論では正しいと優秀な富士ゼロックスの社員は思っているようです。しかし社員のモチベーションの低下は避けられず、優秀な社員から辞める人がいるようです。まあこれはM&Aとリストラの過程では当然起こることで想定内なのですが、半年後に買収撤退が正式に決まると、その時の富士ゼロックスは昔のそれとは違っています。そんなことは優秀な富士フイルムマネジメントはわかっていますし、米ゼロックス経営陣もそれは承知の上で、富士ゼロックスから情報をとっているでしょう。だから簡単に富士フイルムも撤退はできないと米ゼロックスも踏んでいます。双方の難しい交渉がこれから、いや既に始まっています。
それでは、チュース!!