カテゴリー別アーカイブ: マネジメント

582.管理職(マネジャー)の仕事は、人・部下をその気にさせること

No580で、モチベーションはまずは本人の仕事と言いました。が、マネジメント研修をしていると、マネジャーは自分で仕事をせずに部下に仕事をさせることと定義します。その内容は、①会社、部門の方針から自職場分予算、課題を作ること、②自部門の現状から改善課題を作ること、③その予算の遂行を、部下と一緒になんとしてもやりとげること、③部下の指導、育成、⑤職場環境の整備、活き活き働きやすい職場を作る、とたいていのマネジメント教則本には書いてあります。つまり、課題を作って、その実行をやりきらせることです。その中には、いかに周囲や部下をその気にさせるかは、書いてないか、あっさりとモチベーションが必要で終わっています。

このヤル気にさせる役割は、予算を達成するのが仕事のマネジャーより、組織でこの人となら一緒に仕事をしていきたいという気にさせる、リーダシップの範疇かもしれません。しかし管理職にはその両方の役割がうまく機能しなければ成果は上がらないし、部下も仕事を通して成長しません。昇給、ポジション以外でヤル気になるのは、権限移譲=任せる、仕事の背景・目的を対話で納得させる、良いフィードバックを行う、自分の言葉で部下に話をするなど、研修時に参加者に質問すると経験からの答えが返ってきます。いい答えです。しかし一時的な指導的ヤル気アップです。

今、私がいま結論として思うのは、やる気に継続的になるのは、仕事が本当に面白くなることだと思います。一般の会社の仕事は、始めから好きでその仕事をしているわけではありません。歌手やスポーツ選手のように好きなことが仕事になっているわけではないのです。最初は仕事として与えられ、上昇志向のか強い上澄みの人なら、そこで成果を出して出世するというのがモチベーションですが、多くの人はただ言われた仕事を、さばく、こなすがスタートです。面白くなるのかどうかは、やっているうちです。そのサポートができる管理職は一流です。まず大事なことは、本人の特徴、意向と仕事の相性が合っているかです。仕事は本人の気持ちなど関係ないが、今までの会社では普通でしたが、やはり相性の見極めが一番です。そして仕事を最初はティーチングです、やってみせ、ポイントを教えて、やらせる、できるまでその繰り返しです。わからなかった、うまくできなかったら自由に、遠慮なく聞ける雰囲気も大事です。自分だけで考えてできなくてつぶれる人も多いです。

そしてできるようになったら、褒めてあげることです。日本人は怒ることはできても、褒めることは一般的に苦手です。そして、自分からもっといいやり方のアイデアを出させ、自ら実践させていきます。そして外から見える結果を出させましょう。いわゆる成功体験です。数字でもいいですし、外部からの賞賛もうれしいものです。その小さな成功を繰り返していくうちに、自分で面白いと感じ、創意工夫が実践、結果のサイクルに変わっていけば、部下は自然と自立、自走していきます。その部下も、また自分の部下に同じことを行い、組織は強くなっていきます。管理職の大事な仕事は、部下に仕事を面白いと思わせるサポートだと最近思います。

それでは、チュース!!

578.厳しい指導・育成とパワハラの境

大相撲の古参の呼出と若手の関取が、後輩弟子に暴力行為を行ったことで、引退になりました。相撲解説者の北の富士氏は、相撲界では昔はあたりまえのことで、引退まですることはないのにと同情していました。自分は古いからとも弁解していました。体育会系でもっとも厳しい相撲界の暴力行為は日常茶飯事で、日馬富士事件や、過去は稽古で死者まで出しており、協会がやっきになって撲滅しようとしていることはわかります。厳しい指導の名目で、大学、高校の強い体育会系運動部や、職人さんの徒弟制度では、暴力行為や人格否定の罵詈雑言はあたりまえでした。本人の成長のためと言えば、まかり通っていた時代がちょっと前までありました。いや、まだブラック職場や、運動部では今でもあるでしょう。

しかし、時代は変わりました。殴る蹴るの暴力行為はもちろんのこと、机をたたくとか、馬鹿、アホ、死ね、などの威嚇的、人格否定の言動も明確なパワハラです。犯罪ですこれはいけません。私は、暴力行為、威嚇的言動は、指導というより、自分が上に立ちたい、優位な立場を誇示したい、威張りたい、自分の言うとおりに下を使いたい、などが、主な理由で、それは部下指導、育成とは全然違うものです。とはいえ、真剣な部下の育成、指導の時には、厳しく向かい合って、後輩、生徒、部下に、現実を直視した的確な刺さるフィードバック、またうまく、強くなるための論理的なアドバイスは必要です。もちろん暴力はいけませんが、優しい言葉、態度だけでは相手に響きません。強いパッション、熱意、指導も時には必要なのです。それが行き過ぎて、暴力になってしまうとの弁解をよく聞きますが、それは違います。暴力を使う人間は、始めから暴力を誇示して相手を震え上がらせることを目的にしているのです。自分の立場誇示、自分が気持ちよくなりたいのです。だから、そういう悪意のある先輩、指導者、上司に目をつけられたら悲劇です。彼らはようするに、いじめたいのです。こういう場合は耐えるか、逃げるかしかありません。私は逃げることをおすすめします。

しかし困ったことに、最近よく会社で起きていることは、パワハラで訴えられる怖さが強すぎて、部下、後輩に厳しく指導する人、できる人がめっきり減ってしまったことです。相手の成長を真に願って、事実に基づいて、論理的に説得、指導していくことは重要です。パワハラ怖さで、部下、後輩に腫物にでもさわるように気を使いすぎている人がたくさんいます。悪質な部下、後輩も多くて、すぐにそれパワハラですよね、会社に言いつけますよと、逆に脅す輩もいます。それと最近の若手は、学校、家庭で怒られたことのない、ゆとり世代が中心で、ちょっとしたことでも、心折れて、自分探しの旅に出てしまう傾向があります。もっと若い人もメンタルがのタフさが必要ですが、優しい、恵まれた世の中では難しい気もします。

結論は、暴力、威嚇発言はご法度ですが、部下の成長を願い、信じて、仕事をやりきらせる、熱意も持った、先輩、上司が絶対に必要です。実は力のある若手はそれを望んでいるのです。それが、自分の成長になることがわかっていますから。

それでは、チュース!!

542.経営者は本質的には、性悪説で非情でなければならない

世の中のビジネス書や雑誌の期待されるトップ、経営者の理想像は、先読みができ、信頼厚く、責任感があり、人たらしであるなどと、良く書かれています。確かにそういうトップの下で働けたら部下は幸せなことは間違いありません。私もリーダシップ研修ではよく期待も含めてそう言います。そしてそれは書籍や理想の中では正しいと思います。

しかしながら、世の中の成功している経営者、変革リーダーは、私が身近で見て来た人、お会いした人で、人から聞いた話で、そんな人は少なかったです。というかそう言う善人は、騙されて会社を乗っ取られたり、優しすぎて業績悪化を招いて引責辞任になっています。経営者で一番大切な要素は、切り捨てることができる人、首にすることができる人だと思います。事業、技術、人、関係者でも、時代に合わないと判断したら、躊躇なく捨てること、断捨離できなければいけません。

過去にこだわって、周囲の目を気にして判断が遅れれば命取りです。自分が善人だから、善人でふるまえば相手も善意で返してくれると思う経営者は危険です。相手の裏を読まないとだめです。特に中国がそうですか、韓国、欧米でも性善説は通用しません。表向きで言っていることと腹で考えていること、行動してくることは真逆だと思ったほうが無難です。それくらいグローバルのビジネスは厳しいです。国内でしか仕事をしていない会社は当然そこが甘くなって海外にでるとなめられて、やられてしまいます。そう事例をたくさん見てきました。ゴーンさんも最初の5年間にやったことは素晴らしかったです。従来の技術のニッサンのマネジメントではできない英断を実行しました。まさに変革リーダーの象徴です。第2の創業をした富士フイルムの古森会長から私は、必ず相手の裏を読め、表面的な言動に騙されるなと、いつも言われていました。おまえは人に甘いから利用されると、まさに私の弱点でした。あとで経営者になってもその弱点は直りませんでした。第2の創業では、時代遅れになったアナログの銀塩フイルムを捨てました。技術だけでなく、そこに深く関わっていた人たちのリストラ、またディーラーも切り捨てました。いろんな抵抗勢力には持ち前の腕力と運の強さでに乗り切りました。

経営者に必要なのは、ロジックもですが、感性と反対を押し切って躊躇せずにやりきる行動力だと思います。もちろんコンフリクトは覚悟の上です。コンフリクトのない経営、変革はないのだとわりきらないとダメです。反対に人望厚く、社員、利害関係者みんなから慕われていた経営者は、変動期には、人の善意にたよりすぎて、決断できなくて沈んでいきます。経営者というのは厳しく、つらいものです。優しくて、共感力、シンパシーが強すぎる人には向いていないと感じています。経営者はいい人でなくていいのです。威厳があって、時代に合った決断力、行動力、なにより切り捨てることができれば良いのです。新規ビジネスを探すより、切り捨て力のほうが大事かもしれません。

それでは、チュース!!

512.モノゴトは両面、でもできるだけポジティブに見よう

ちょっと前に、ポジティブシンキングが流行りました。なんでもポジティブに見れば良い、そうしましょうというブームです。しかし、なんでも軽く、薄く、楽しく、明るく見ればいいという、軽薄な感じが強く、私は違和感を覚えました。事実、モノゴトはやはり、正面から逃げずにきちんと、深く見ることが基本だと思います。

しかし、多くの日本人、特にマネジメントレベルになると、99%大丈夫でも、残りの1%ばかりが気になって、そのリスクをなんとかしろ、解決策をもってこいと部下に厳しく言い放つ人がたくさんいます。慎重なのですが、石橋を叩いて渡る、石橋を叩いて壊してしまう、石橋でも不安だから渡らない、とうことで行動になかなか移せしません。言われた部下は、なんで現実に、リアルには起こる可能性がほとんどないのに、そこまで時間をかけないといけないのと内心思い腹落ちせず、ヤル気になりません、そういう職場は雰囲気も暗くなりがちで、形だけ作っておしまいにしがちですし、そんな上司は嫌いになり寄り付かなくなります。双方にとって不幸です。失敗は少ないですが成果はでません。

ですから、1%のネガティブ面だけでなく、多くのポジティブ、プラス面にも焦点を当てましょう。適格なたとえかわかりませんが、レストランでお醤油が1滴、ワイシャツにつくとそればかりが気になってその場を暗くしてしまう人がいます。ほとんどの部分のワイシャツはまだ白だし、洗濯すれば落ちるし、食事には全然影響ないのに、一滴の黒いしみで、会話まで少なくなってしまう人です。本人だけでなく周囲の気分も悪く変えてしまう人です。小さい人です。しかし、シミがついても気にせず前と変わらず、平然と話してくれる人がいます。そういう人は信頼を得ますし、安心して周囲の人たちが寄ってくる気がします。一緒に仕事する気になります。比喩が飛躍しているかもしれませんが、言いたいことは、少しのマイナスに気を取られて、全体の流れを悪くするのではなく、ポジティブなところを積極的に見ていきましょう、ということです。これは仕事の中で、本当によく起こります。サラリーマンの時の私の頭の良い完全主義な上司もそうでした。Even if ばかりのリスク対応、小さなシミの話ばかりするので、部下全員ヤル気を失っていました。いまだにその時の多くの部下は、それがトラウマになってその上司を嫌っています。反面教師としてそうならないようにした同僚はいました。まあトラウマの有効活用です。

仕事ではリスク管理、ネガティブ面も見ることは必要ですが、できるだけポジティブ面を見て、行動することが大事です。石橋を叩くだけでは、何も起こりません。失敗しないことが目的ならそれでいいですが、それではビジネスは進化していきません。とりあえずやってみる、動いてみるという姿勢、態度がマネジメント、リーダーには必要です。モノゴト、それから人間についても、ポジティブに見て行動していきましょう。そうすれば、周囲や部下、それに上司もヤル気になって楽しく行動していきます。

それでは、チュース!!

 

483.修羅場を勝ち残ってきた経営者の凄みはすごいが・・・。

これはただ修羅場をかろうじて生き残った人ではなく勝ち残ってトップになった人のことです。生き残ると勝ち残るでは意味が全然違います。そういうすごい人たちに何人もお会いしてきました。まず目つきが鋭く、顔相が強烈です。声にも迫力があります。一度お会いしたらなかなか忘れられません。近くに行くと圧倒的なオーラを出されています。写真で見るより生のほうが全然迫力があります。会社が危機に瀕した時に自ら、また周りから押されてリーダーになった人たちです。

頭はもちろん良いのですが、学校秀才、学者秀才にはない、いざという時に勘にもとづいた適確な決断力があります。そしてゴールまで周囲を強引でも引っ張って行く力があります。抵抗勢力や反対者も力づくで黙らせるパワーを持っています。ケンカは好きだし上手です。自分に強運があることは自他ともに認めています。修羅場は非常時、有事、戦争状態ですから、部下の言う事は聞かないです。そんなことをしていたら敵にやられてしまうと確信しています。ですから一般的にはワンマンだと言われてしまいます。しかし有事を乗り切るにはそのくらいの凄みのある強い個性、パワーが必要です。戦国時代、明治維新の頃のヒーローもみなこのタイプです。優しい良い人はいません。歴史上の人物は強面の裏側に人情味のある人だったとも良く言われますがその真偽はわかりません。私のお会いした方の凄みの裏に人情味がある人が多かったですが、それが表に出てくることはあまりありません。組織が緩むと思っているからです。

有事の時、凄みのある経営者、リーダーは素晴らしいのですが、問題は有事が終わった時、修羅場を乗り切った時です。また自分の寿命が近づいてきた時です。強烈なリーダーは上意下達、トップダウンですから、周囲、取り巻きが自然と従順なイエスマンで固められます。リーダーの言う事を素直に聞いて、下に流して動かしていくことが機能として求められます。自分で将来を見て、課題を設定、実行する人、変革者のタイプは下にはいません。いたらそのリーダーの下では生き残れないでしょう。だからただひたすら、お上のご指示を待つタイプになります。つまり下は次のリーダーとしては育ってきていないのです。これはリーダーが作った必然なのです。ある時からそのリーダーもこれではダメだと気づくのですが、頭でわかっていても体は古い成功体験ですから、部下への罵詈雑言が止むことはありません。わかっちゃいるけど・・・・・、です。

そのような会社の課題は、ポスト凄腕経営者です。優秀な幹部社員と有能な経営者は似て非なるものです。早くそのことに気づいて、有能な次の経営者に権力の座を禅譲することが経営者の最後の一番重要な仕事です。オレに代わるものがいないから、しょうがなくオレがやっているという話も良く聞きますが、それは代わる人を作っていない、見つけていないからだと思います。死ぬまで現役社長は一見美談にも聞こえますし、周囲はそれを望んでいるような発言もしますが、本音では周囲には迷惑なことが多いのです。

それでは、チュース!!

480.組織マネジメントに権威、権限は必要です。

先日、私のブログを毎回読んでくれている信頼、尊敬する先輩から、「君の考えは、反権威、反権限で一貫していてぶれなくていいよ」、とお誉めの言葉を頂きましたが、私としては、それはちょっと違うのだけど、という困った心境になりました。私は、サラリーマン時代に卓越した技術を持ち市場で圧倒的な優位な会社にいました。そこはトップダウンがあたりまえ、その上意下達で業績はどんどん上がっていました。下位のものが上司にもの申すなどご法度で、そんなことをしたら即刻はずされる場面を多く見てきました。会社で自由な発言などできないのは普通のことと思っていました。堅苦しさや閉塞感はありましたが、他社での経験もないので会社はそういうところで、お金をもらって生計も立てているので違和感はありませんでした。ただ、私の上司は少し行きすぎていて、「自分が考え指示するからお前たちは考えるな、手足として動けばいい」と言い放っていました。軍隊方式ですが、考えなくていいのは楽なところもあります。ただ長時間肉体労働だけすればいいのです。無駄がなく効率的でもあります。しかしその時、仕事を通しての自分の成長はありませんでした。そしてこの方式がうまく回るのはビジネスモデルが固定していて単純繰り返しの仕事でも良かったいい時代です。

サラリーマンを辞めた後、完全ボトムアップ、フラットなコンサル会社で働きました。そこのオーナーは、権威、権限によるマネジメントを否定し、役員たちにもそうでないマネジメントをするように指示していました。そこの社員はフラットでわきあいあい、優しく穏やかで実に居心地に良い職場でした。しかし困ったことが起きます。職制がないので、上からの指示で部下は動かなくても良く、自分の内発的動機が生まれるまで嫌いな仕事はしなくて良いのです。社員は全員フラットですから、先輩が後輩に仕事の指導をすることはできません。そんなことをしたらすぐに下から反発されて進みません。私が経営を任されていた時、やはり数字を出さなくてはいけないと思い、いろいろ上から優しく指示、命令しますと、「あなたって資本主義的、この会社の理念に合わない」、と予想もしなかった批判もされました。たぶん会社のマネジメント層は社員の敵であり、自分たちは社員の側に立つのが正義と思う人が多数だったと思います。それでも受注が続いていくのはそういうニーズが社会、会社にあるのだと思います。

両方のマネジメントのかなり極端な会社を経験しての私の結論は、会社では職制は方針、戦略の浸透、定着のためには必須でそれを実行していくための、権限、権威もなければ会社は動かないということ。職制を否定、フラットな組織に近づけた会社は、方針、戦略が浸透せず、部下は上司の言うことを無視するので、緩んだ甘い会社になってしまい、業績が低迷してしまいます。そういう会社を現実に見ました。無政府状態です。社員は自分に都合の良いように好き勝手やるだけです。それはやりすぎです。私は、社員でも絶対服従ではなく、会社や上司の言うことに、質問、意見、議論を自由にさせることは必要です。しかし最終決定は上司、会社にあることは明確にしてから行なわないといけません。そうしないと会社は機能しません。やはり、組織、会社には、権限、権威は必要です。

それでは、チュース!!

 

479.若者とシニアの世代交代はなかなか起きない

少し前のソフトバンクの孫さん、楽天の三木谷さん、DeNAの南さん、最近ならZOZOタウンの前澤さんなど、若くて有能なチャレンジ精神旺盛な起業家が新しいビジネス分野で成功して活躍している姿を見るのは何ともうれしいです。プロ野球の12球団のうち3球団は彼らがオーナーになりました。隆盛と停滞する産業の業種交代です。オリックスを加えれば4球団です。そのうち3球団はパリーグですからパリーグ活性化の要因は彼ら若い息吹の影響が大きいと思います。

しかし伝統的な、メディア、メーカー、金融、などは変わらずに長老支配が続いています。ニッサンのゴーンさんは私的流用で日本では失脚しましたが、長老支配が続き疲弊していた当時のニッサンを43才の若さで改革した手腕とリーダーシップはやはりすごいです。日本も大手企業も40代から男女を問わず役員登用は世間の目を意識した部分もありますが、かなり進んできています。しかし実権を握っているのは、知識、経験、体験、社内の人的求心力、社内外の人脈に強みを発揮する人たち、体力は衰えても、気力、権力欲旺盛な長老の方たちです。もちろん環境変化に柔軟に対応できれば良いのですが、自分の成功体験が大きすぎて新しいことにはネガティブになりがちです。長老たちの圧倒的パワーの前で、モノが言える若い役員はまずいないでしょう。ですから、長老が亡くなるか、自分から下りると明言して禅譲するか、クーデターを企てないと、若い世代に権限はなかなか下りてきません。

長い伝統ある会社では若手とシニアの権限交代、世代交代は起こりません。それがわかった若くて有能な人たちは、会社での順番を待てないで起業する傾向になります。それはとても良い傾向です。しかしまだまだ日本ではリスクが大きいと言うことで、寄らば大樹の陰の意識は若い世代にも強くあります。それが安全ではないとわかっていても当面は大丈夫と思う人が多いのでしょう。

なぜ、こんなことを急に思ったかと言いますと、先日の2025大阪万博決定瞬間のテレビ映像で日本応援団の前列5列目くらいまでは、全て政治家、財界、役人とおぼしき元気な超シニア、長老のみなさんでした。これから大阪万博2025とその後の日本を実際に担う若手がまるで見当たらないことに違和感を持ちました。もっと実行部隊である若手を全面に押し出してあげたらなという感想です。少し長老、シニアは遠慮して頂けると良いのになあというところです。

日本は人生100年時代になり、70歳まで働く超高齢化社会に突入していきます。それぞれの組織でシニアはいたるところで満載です。そしてシニアの分別も始まります。早々に役職定年で後進に道を譲り自分の違うライフワークで生きる人はある意味立派です。しかしいつまでも組織、役職の長にこだわり優秀な若手の芽を無意識で摘んでいる人もけっこうおられます。長年の努力、戦いの上に勝ちとったポジションを離したがらない気持ちもわかります。またその地位ほど快適な場所が他にないのかもしれませんが、若手の人財発掘、能力発揮、組織の活性化、組織が未来に勝ち残るため、シニアから若手への世代交代の仕組み、仕掛けは必須だと思います。

それでは、チュース!!