カテゴリー別アーカイブ: サラリーマンの心得

557.会社にいることが好きな人はけっこういる

この夏の盆休み、長い人は9日間休みです。その前のゴールデンウイークは10日間の人もいました。さぞかし、みんな会社、仕事を忘れて自由に楽しんだはずです。テレビでは、成田空港からの海外バカンスや、国内観光地の賑わいを定番として流しています。しかし、その真逆に長い休みを苦痛に感じている人もたくさんいることも事実です。理由は、お金がなくて旅行に行けない。家族で長い時間過ごすことが苦手、そして一番驚くのは休みにしたいことがないという人が多いことです。つまり仕事以外の趣味や、やりたいことがない人が、たくさんいるのです。研修の時、自己紹介で趣味はなしという人が思いのほか多いです。だから会社に来たい、つまり会社を憩いの場、居心地の良い場所ととらえている人はたくさんいます。別に仕事がやりたいとか、やらなくてはならない仕事がたくさんあるのではなく、会社にいることが好きな人たちです。

毎日朝の6時に会社に来て夜12時までいたり、週初めに、会社に泊まることを前提にお泊りセットを3日持ってきて、夜は銭湯に行って、飲んで会社に戻って、応接室のソファをベッドにしたり、定年すぎてもなんとか会社にいられる方法を画策して周囲の若い人の迷惑考えずに居座ったり、土日も会社に来ないと気が休まらないからと言って会社に必ずきたりする人です。そういう人が上司になったりすると部下は悲劇です。同じ時間、会社にいることを暗に強要したりする人もいます。こういう人たちは、仕事を効率的にやるなど考えずに、できる仕事を、ゆっくり、丁寧にやり続けます。今、働き方改革をいくら言っても、残業を気にしない人には無力なのです。サービス残業ではなく、自ら望んで会社にいる人たちです。日本のホワイトカラーの生産性が、先進国中で最低なのは、そういう人たちが多いのではないか、無駄を省こう、止める仕事を見つける、効率的に仕事をやろうという意識がベースのところで欠けている人がかなりいると思います。これでは生産性は落ちて当然です。

ではなぜ、こういうことは日本の会社でおきてしまうのか?私は、会社に長くいることが評価につながるから、嫌々ながら多くのサラリーマンは会社に残っている(私のサラリーマン時代ですが)と思っているのですが、それが習い性になって自ら会社にいることが楽しい、居心地が良いと進化してしまったのかもしれません。また、学校の時から勉強は良いこと、遊びは悪いこと、会社に入っても仕事は善で、遊びは悪という価値観が、知らずのうちに刷り込まれてしまっているのかもしれません。ちょっとジャンプですが、だから定時後、休日、夏休みに、自分の好きなことがなくて困ってしまうのです。小さなお子さんがいる時は、子供と遊ぶというのが好きなことになりますが、それが過ぎてしまうと、やることがなくなってしまいます。休みがあるから、何かしないとではなく、仕事以外にやりたいことがたくさんあって、できるだけ仕事を効率的に生産性をあげたいと思うほうが健全な気がするのですが、まだまだ日本の会社、組織では少ない気がします。組織風土を風通し良くすることは重要性がですが、自分の職場の住環境をとても居心地よくすることに関心が強い人は困ります。仕事以外に心から楽しいと思えることをたくさん作りましょう。無駄に会社に長くいるのは悲しいです。

それでは、チュース!!

547.「努力したら負け」はまともな本だった その2

前号の続きです。嫌いな人も多いと思いますが、一般の日本人の本質をついている部分はアルと思います。

<努力が報われないのは社会のせい?>

・ワーキングプアの特徴は、働いたらその分だけ誰かから給与としてお金がもらえる。起業という考えはない。発想力が貧困なのである。

・日本人は幸せすぎて,種としての生命力を失いつつある。ギラギラしないで、生きて行くことが可能である。

⇒発想力は確かにキ―ですが、しかしそれも才能、遺伝だと思います。凡人には難しい。秀才の著者は凡人の気持ちはわからないと思います。いまの日本は先人たちの理想の社会に近いと思います。世界を歩いて見ても日本はホントに良い国です。住んでいる人はその意識はないですが。アジアの国に比べるとハングリーさ全くないです。そのうち逆転される可能性あります。

<才能の不都合な真実>

・生まれ持った才能で活躍している人を、うらやむのは、自分の持っている才能に気づいていない人。

⇒これに気づける人はホントに少ない。気づくのも才能だと思います。

・やっかむのは、「俺だって出来そうなのに、なんであいつだけ評価されるの?」という不条理を感じるから。

・誠実、勤勉な人ほど、ドス黒い感情を持つ。彼らは、真面目に頑張っているのになぜか報われないという感じを持ちやすい。心理的にはしんどい人生を送る。どうしても他人と比較しての人生になってしまう。誠実であることを自ら課す、内心我慢している。

・努力家は他人の才能を潰す。能力が低いのに努力してのし上がってきた人間は、他人の才能を見抜いて潰しにかかる。

・他人の才能を潰そうとしている人の衝動は制御できない。だからできるだけ近づかないように、衝動を起こさせないことも大切、相手のためのも。どうしてもの時は、アンダードッグ効果、意図的に自分を低く見せておくのが無難。

⇒普段おとなしく、まじめにやっている人ほど、心の深いところでは不公平への不満が強い。才能をつぶす人は最低であるが、実際には上で保身に入っている人は、たいていこの行動を取ります。それに負けてはいけません。戦わないで逃げるのです。

<あなたの才能の見つけかた>

・自分に与えられたカードでいかに勝負していくか。

・容姿の美醜は、才能の極み、残酷な要素である。

・美しいからといってそのまま成功が約束されているわけではなく、美しくないことがそのまま敗北とはならない。

・香川照之 樹木希林 個性俳優の選択が正解である。

・才能があるかないかというのは、自分が持っている適正を知って、自分の評価軸を確立できているかどうかということ。脇役、キャラクターダンサーは知っている。

・もしも自分の才能がないと、思ったら自分を取り巻く環境と自分の持っている資質にどこが適合しないのか、考える機会を与えられたと思う。

⇒これは難しい、能力がいります。

・他人のほうが才能を見抜きやすい。コーチ、メンターは重要である。

・現実社会で必要とされる能力は、稼ぐ(エサを取る)、同種の個体と仲良くして情報交換して生き延びる、他人の顔色を見て自分の行動を決める、他人を言いくるめる、他人の優れた能力を使う、自分の怒りを抑える、嫌な気分になっても立ち直れる、しかし、これは現在の入試制度では測れない。(大泉洋は2浪してすべりどめの北海学園大学に入るも、非凡な才能が開花、大スターになる。入試では彼の才能は計れない。)

<意志力は夢を叶える原動力>

・素質がないのにその分野で努力するのは、愚かな行為である。しかし、自分にどんな適性があり、何ができるかを見抜いた上で努力するなら、「努力の才能」があると言える。

・意志力の教育は、自制心を鍛える、忖度して相手の気持ちを読む、目先より将来の大きな利益を選択する、などのトレーニングが有効である。

・20才までは、よく食べ、よく眠り、よく遊んで、刺激を脳にたくさん与えることが重要、ミエリン化の促進。

・子供の頃は愛情たっぷりに、与えないといけない、愛情が脳にとっての栄養である。

<努力をしない努力をする>

・できるだけ努力しないで生きることが一番大切、自分のできる、できないの理解と同様に、自分の周りを観察して、できないことをお願いする。これが人間が生き延び繁栄した最大要因。

・人に気持ち良くお願いやってもらうトレーニングをする。

・自分でやってしまうと、人が育たない。早く、間違いなくはできるが。権限委譲できない管理職で、個人能力の高さと努力が周囲の芽をつぶしてしまう。

・年をとったら、才能よりも経験値、知識の深度からくる判断力、意志決定能力が向上してくる。

・努力をしない努力は、人を見抜く力。水滸伝の梁山泊。

・才能がある人を使うには、ほめること、自分が気がついていない長所を見つけて褒める。

事実に基づいたリアリティベースにほめる。ひとたらし になる。

・長所に気づく、理解する、話を聞く、関心を持つ相手に好意を持つ。これが人を引き付ける。

・努力しなくても、楽しそうな人たちは、生まれつきの遺伝子、セロトニンが多く、先のことは心配せず、いきあたりばったりでも幸せに感じられる人である。

・幸せ感は少ないが、地道に努力してなにかを成し遂げたことを誇りに思って充実感を感じるのが日本人かもしれない。

・長生きしたけりゃ努力はするな、長寿の秘訣は、戦わないこと、無駄な努力はしないこと。

・人生死ぬ時に一番思うこと、緩和ケアの話、「あんなに一生懸命働かなくても良かった。」

「もっと自分の気持ちを表す勇気を持てれば良かった」「もっと自分を幸せにしてあげれば良かった」

⇒努力しない努力は必要なのです。自分の真のゴールに向かえる努力に集中するのです。最後の緩和ケアの話は重いです。そうなるまえに自分のための人生を送るよう努力しましょう。周囲や世間に少しは迷惑かけてもいいので。いい人を早くやめましょう。それは誰かに使われているだけです。

<おわりに>

・努力信仰に惑わされず、目の前にある毎日を豊かに味わっていけば良い。

⇒おわりに、が筆者の結論です。将来に過大な期待をかけず、いまいる自分を肯定して、いまの状態を幸せと感じられればそれでいい、ということです。努力したら負けというのは、無駄な努力ということです。そんなことは言われなくてもみなさん、わかっていますよね。

わかっちゃいるけど・・・・です。

それでは、チュース!!

 

544.リア充な生活

若い人たちと話していると、リア充という言葉が最近良く出てきます。20代、30代くらいまででしょうか。ググってみると、趣味・仕事・人間関係など、実生活が充実している人のことを、言うのだそうです。ネット社会でバーチャルなSNSやゲームで多くの時間を費やす人が多い人に対する反意語のようです。仮想・バーチャルではなく、現実に友達、彼氏、彼女がいて、遊びに煩雑に行ったり、旅行に行ったりしている人や、良い仕事について充実、楽しんでいる人や、趣味、特技に没頭している人、お金があって、ファッション、お洒落がきている人たちのことを言うそうです。若い時は、外見、容姿や、スポーツ、学業が出来る人が目立ちますし、交友関係、恋愛関係も充実しますから、一般的には、そうでない人、周りの人から、そういう人たちは言われるようです。自分から、オレ、リア充とは言わないようです。自虐的にオレ、リア充ではないから、とは言うそうです。若者たちの中に入っての仲間として会話はないので、ホントのところはわかりませんが。

私の若い頃は、インターネットなどなくて、リアルな生活しかなかったので、もちろんこんな言葉はありません。いちいち、リアルとバーチャルを対比する言葉が出てきていることに、時代の変化を感じてしまいます。しかし、ふと自分のことを振り返ると、あこがれの充実の生活と現実の生活が、あったように思います。私は会社人間=社畜でしたから、自分の時間とエネルギーと能力を会社の仕事につぎ込みました。その対価として、昇進と報酬を得て、会社人としてのリア充を目指していました。しかし組織はピラミッドですから、上に行ける人はほんの一握りです。三菱商事で役員もなった友人の話では超優秀な商事の社員でも頭を使う仕事につけるのは5%であとの95%は兵隊で終わるそうです。特に今の時代は先行き不透明で会社にも余裕はなく、リストラ、役職定年はあたりまえです。子会社出向のポストはありません。頑張れば会社は見捨てずに面倒見てくれると言うのは幻想ですし、会社もそんな約束はしていません。勝手に思っているだけです。そして多くの人は、会社での夢を挫折、あきらめて現実を見るのです。しかし早目にその現実を受け入れることは悪いことではありません。自分にあった、隠していた真のリア充に取りかかれるのです。お金はそんなになくても、時間はありますから、じっくり考えて自分の好きなもの、興味のあることをいろいろやって、ホントに相性の合うモノを見つけて、深めて楽しんで行けるチャンスでもあるのです。これからの、サラリーマンは早目に自分のリア充な生活を見つけ、実践して行くことです。遅くとも50才くらいまでには決めましょう。もちろん会社で最後の、役員、常務、専務、社長レースに全力をかけられる人はラッキーな人です。是非チャレンジして、組織人としてのリア充を、目指しましょう。しかし、そうでない人も、楽しい、面白い充実した人生は人生後半で送れます。価値観の変換は必要ですが、どっちの道でも、死ぬ時は自分に合った生き方ができていれば、満足して死ねると思います。

そういう私も、50才で、会社を離れ、いま思えば自分のリア充生活に入れました。お金と健康の管理と自分の趣味、好奇心はわかっていましたから、着々とできましたし、いまも進行中です。自分で言ってはいけないのですが、まあまあリア充です

それでは、チュース!!

541.会社でトップになるのは、派閥とライバルとの競争に勝つだった。かつては。

先日、出張の時にホテル最上階のバーラウンジにひとりで飲んでいた時、ひとつ置いた隣のカウンターに、良く知られた古い関西系の大きなグループ会社のトップの人たち3人が大きな会合でもあったのか、リラックスした雰囲気で秘書もいれずに飲んでいました。少し酔った勢いと他に客が少なかったので、声が大きくて内容が耳に入ってきました。ポイントは、どうすればそのグループでマネジメント入りし、トップまでいけるかを、テレビドラマのストーリのように自慢気にそれぞれが話していました。

ポイントはまず、会社のどの派閥に入るかを決めてこれと思ったボスには徹底的に尽くすこと、ボスが引っ越したら一緒に近所に引っ越す、接待の帰りの同乗、週末ゴルフの送り迎えに同行でき、接触する時間が長くなるからだと言ってました。やはりボスも人間、一緒にいる時間が長い子分を可愛がります。誰をボスにするかが一番重要で、ボスが課長か、部長くらいまでには決めないダメなんだそうです。当然、盆暮れのつけ届けは、ボスやボスの奥さんの好みにあったものを毎年贈っていたそうです。奥さんや子供さんたちの家庭内の困り事も積極的に助けます。

そこまでは、なんとなくわかっていたのですが、次のポイントは、いかに派閥内に出てくるライバルたちを蹴落とすかが大事だと言ってました。その人たちのグループは基幹インフラ系なので、そんなに仕事をしなくても、何もしなくても業績が堅調なので目立った仕事は返ってまずいとも言っていました。たしかに出世ピラミッドは部長以降は急に狭くなるので、自分が仕事で目立つよりもライバルの悪い噂をでっち上げてボスに密告するのが得策なんだと、ブラックストーリーを平然と言っていました。周囲の人を踏み台にしていかないとサラリーマンは偉くなれないと良く聞きます。私も踏み台にされた経験もありますが、改めて聞くと嫌な感じです。良い人だけでは、上には上がっていけません。実力プラス組織力学に精通、人から陰口たたかれてもライバルを蹴落としを実践していくしたたかさ(腹黒さかも)も重要です。長い間の努力が実り、ようやくマネジメントに入り、トップまで行った人が、その職位、権限にしがみつき、部下にも同様のことを要求してくるのは人としては、当然なのかもしれません。人間の性なのだと思います。みんなが上を目指して頑張るのは良いことです。そこでの競争も必然出てきます。

ブランドのある会社は、優秀でまじめな社員が多くいて、仕事での成果はある程度みんな出していることは前提での話です。最後の段階のことです。でも最近は、そういう出世レースは最初から嫌だと拒否、ある程度の給料と休暇がもらえれば、あとはなりゆきでいいという若者がかなり増えてきています。そういうライバルを蹴落としてまでも出世話は、もうすぐ昔話になるかもしれません。それは昭和中頃生まれまでの話かもしれません。平成の若者が、車に興味を示さず、外にも出ず、スマホゲームで1日中引きこもり、コンビニ弁当で日々送ると言う人がまわりにもけっこういます。そうなると、会社で上を目指す人どころか、毎日働こうとする人も減ってくるような気がします。極端かもしれませんがそっちも恐い話です。

それでは、チュース!!

540.生涯働きたい人は多いが、なかなか難しい

新幹線出張の途中、座席前のポケットのおいてあるWedgeを見てたら、興味深いレポート「漂流する部長課長」働きたいシニア、手放したい企業が目に入ってきました。要約すると内閣府調査では約4割のシニアは「働きたいうちは働きたい」と思い、70才までとそれ以上を合わせると約8割が働きたいと思っています。安倍首相は生涯現役を掲げており、うまくマッチしているように見えますが、実際の現場は違います。働きたくても働ける場所がないのです。大手企業、たとえば大正製薬、NEC、富士通、東芝、・・・・、中高年を対象にしたリストラがどんどん進んでいます。中西経団連会長は「経済界は終身雇用なんて守れないと思ってる」と断言しています。ひとつの企業で最後まで上り詰められる人はほんの一握りで、ほとんどのサラリーマンは出世途中で夢破れ、役職定年、転職していきます。ですから、生涯現役をするなら、早い段階50才くらいで自分のキャリアの棚卸をして他の会社でも再現可能などこでもスキルを意識して、強化していかなければならない、と転職セミナーの先生は言っています。その通りですが、私は転職、起業で一番大事なことは、自分の強みを使ってくれる会社、もしくはお客さんがいるかどうかです。極端に言えば、お客さえいれば、あとはなんとかなるのです。

ある失敗例として、税関職員として30年働き、早期退職して、仕事で得たアパレルの知識と興味からスタイリストとして起業するも1年経ってもお客ゼロ、収入ゼロで、今はハローワーク通いです。自分で強み、スキルと思ってもそれを買ってくれる人がいない限り、無価値なのが現実です。買ってくれる人を見つける営業力、人脈を全く軽視してはだめなのです。起業は、お客さんの目途が立たなければ必ず失敗します。サラリーマンだとお客は自然についてくると思いますが、そこは大間違いです。

出てきた転職塾の先生や、取材し原稿を書いたWedgeの編集記者は、大所高所からの上から目線で、強い組織からの見解、コメントに感じます。正しいのですが、しっくりきません。その理由は、転職者の受け入れ先からの視線がないからだと思います。私のサラリーマン時代の先輩で、とても良くできる方で役員一歩手前まで行った人でしたが役員になれず、転職先を探している時に私に相談があり「俺の素晴らしい、経験、体験、知識、スキルを欲しがっているところがあれば、行ってやることは、やぶさかではない」ということでした。直感でこれは無理だなと思い丁寧にお断りしました。とても転職先の会社に入って、そこの人たちとうまくいきません。

私の実際の経験、体験、知人友人からの話として、大企業出身で中小企業に転職して失敗する人は次のような人たちです。①言うだけ、指示するだけで自分は動かない、大企業管理職の癖が抜けない ②出羽の神で、自分のいた会社では、が口癖で元いた会社と転職した会社の比較をして、いつも転職先の批判ばかりしている ③俺ってすごい奴なんだからと自慢、自分のキャリアをひけらかせて、もっと現在の環境環境を整えろ、厚遇しろ、働きやすくしろ、と強い要求をいつもする ④コミュニケーションが、元いた会社もので、転職したところでは全く通じない、専門用語、単語を使って浮いてしまう ⑤自分は超人であり、なんでもできるという自信過剰、オーバーパフォーマンスで煙たがれる。こんな人にはなってはいけません。

しかしそれでも、人生100年時代、麻生大臣の発言で話題になっている、年金+2000万円の貯金どころでは、健康で文化的な幸せな老後は送れません。働かなければなりません。いろいろあっても、四の五の言わずに自分なりの働く生きる術を身につけるしかないのです。

それでは、チュース!!

 

538.ダメ出しをずっとされると自信のない人になってしまう

言われた仕事はそつなくこなすのですが、自分に全く自信がなく周囲にの言う事にすべて合わせてしまっている人がいます。よく良く話を聞いていくと、子供の頃に厳しい親から全否定された、体育会部活で鬼の先輩、教師から全否定された、会社に入ってパワハラ上司に仕事だけでなく全人格否定された。などなどある期間以上全否定されてしまっているのです。そして優しい素直な人がほとんどです。その人たちは自分よりまわりが偉く見えて相手の言う事が正しいと思ってしまうのです。優しい、素直はいい表現で気弱な軟弱な優柔不断の人になってしまっているのです。権力を持っている側が、弱い人たちを自分意志通りに従わせるための常套手段です。もちろん、する側も教育、育成という大義名分は持っていますが、裏はもっとドロドロしたエゴです。

実は私もそういう体験があります。子供の頃は全然気がつかなかったのですが、とても厳格で強い父親でした。小さな子供の頃は遊んでもらった記憶がありませんでした。就職でお世話になった大学の先生に、父は礼状を出しだのですが、内容がうちの馬鹿馬鹿バカバカ息子で一貫しており、その先生はアメリカ帰り自由な人だったので、これじゃ言いたい事も言えなくて自信なくなるよね、と同情してもらいました。会社に入ってからも、超ブラック職場のパワハラの上司から、毎日全人格否定され、あまりの罵詈雑言に私も、一般的には普通のレベルだと思うのでその言葉はあまりにひどいと言ったところ、世の中一般ではそうかもしれないが、富士フイルムでは平均値以下、底辺レベルと言われました。今でも忘れられない、言ってはいけない侮辱的言葉です。結局最後まで勤められず、途中退社になったので、あながちウソではなかったのだとも思っていますが、それはひどいものでした。ダメ出しの連続で、もともとそんなに自信はなかたのですが、すっかり自信をなくして落ち込んで暗くなっていた時期でした。この後遺症はしばらく続きました。

親、先輩、先生、上司のみなさん、権力を背景に感情的になってのずっとダメ出し、全人格否定は絶対にやめましょう。その子供、後輩、生徒、部下をつぶしています。とくに優しい、抵抗してこない人たちにはトラウマになって人生を不幸にしてしまうこともありますし、一生あなたを恨みます。それは愛情を持って厳しく向き合い、フィードバックする、叱ることとは全く違います。人間それぞれ個性が違います。必ず良いところがあります。その良いところを持て、ほめて伸ばして行くことを基本にしてください。「豚もおだてりゃ木に登る」です。そのほうが双方にとって良い関係性が生まれ、感謝しあう結果になります。これは実体験からの言葉です。

では、私はどうやってそのボトムから脱出できたか、それは安全弁がはずれて、上司にブチ切れました。滅多に怒ることはないのですが、その時はすごい勢いでした。その後、その上司とは生涯関係修復はありませんでしたが、それで良かったです。新しい分野に進んで自分の可能性にチャレンジできましたからOKです。父親のほうは、文句を言う前に若くして亡くなってしまったので、言えずじまいでした。まあそういうこともあります。

それでは、チュース!!

532.自信、成長は経験・体験からしか身につかない。とにかくやってみよう。

研修を稼業としている私ですが、研修・セミナーから学習して自分の成長につながり自信になることは10%です。上司、先輩からの助言、アドバイスは20%、残りの70%は、自分が実際にやってみた、経験、体験から、何かコツ、技、成功プロセスを実感して身について自信になっていきます。そこで自分なりの仕事の方法論、定理を身につけ、次の仕事にそれをベースに取り組んでいきます。そしてまた経験、体験を積みあらたな自分のやり方を見つけ自分の力に上乗せしていきます。そのスパイラルアップの連続、繰り返しで人は成長し、自信をつけていくのです。

勉強熱心で、本を読んだり、人から話をたくさん聞いて知識を増していくことも大事ですが、あくまでも補助的なサプリメント、コアは、自分のリアルな経験、体験です。これが増していかないと自信もつかないし、人への説得力ありません。薄っぺらい頭でっかちなものになってしまいます。寺山修司の「書を捨てよ町へ出よ」の戯曲の題名みたいに、勉強ばかりしてないで、町に出て実践をたくさんしたほうが良いと思います。

いま、頭でっかちな理論より、リアルな経験、体験が大切と言いましたが、実はそういう実体験、経験のない人のほうが、理想の夢のような世界をバーチャルに創造するのは得意かもしれません。実経験があると、それは無理と思ってしまうのですが、それがないのでディズニーランドのような世界を現実の世界として追い求めることができます。私が以前いた職場風土改革のパイオニアの先生は、実社会では組織の経験は皆無だったのですが、こうであったらいいなという理想の職場像を描いた本がベストセラーになり、その世界の実現を託す多くの経営者から桃源郷へのコンサル受注を受け大いに会社は潤いました。実現できたかどうかは別として理想の夢を描けたのは、現実の会社世界を知らないからだと思いました。現実を知り過ぎると、夢物語を追わなくなってしまいます。まあそこまでいかなくても理想は誰にでも持って欲しいと思いますが。

個人の恋愛でもそうです。あまり現実の恋愛経験の少ない未婚の人ほど、相手にありえないような理想を求め、候補が出てきてもその理想と現実とのギャップで恋愛、結婚をやめてしまいます。男なら、求める女性は若くて美人でスタイル良くて、性格良くて、頭良くて、自分にだけ初めて夢中になってくれる人、女なら求める男性はイケメンで3高(高収入、高学歴、高身長)で、性格良くて、愛情深くて、マザコンじゃなくて、次男以下、人に自慢できる職業、会社の人、まさに劇画か、映画、ドラマの主人公、ヒーローです。そんな人も、たまにいるかもしれませんが、たいていの場合、彼氏、彼女がいるか、結婚しています。何度も恋愛している人や、離婚経験者、失恋経験者で自分を知っている人は、どこかで妥協するので理想ばかりを追いません。現実的です。まあずっと理想を追い続ける方が幸せかもしれませんが、やはり現実のリアルな経験、体験による判断も大切です。ちょっと最初の話から脱線しましたが、要は仕事も恋愛も趣味、人間関係も考えすぎないでいろいろ経験、体験して、そこから何か得て自信を持って、成長していきましょうということです。

それでは、チュース!!

 

521.すます、こなす、ではなく、ゆっくり楽しもう

子供の時、私の家では、早くご飯をすませなさい、お風呂をすませなさい、宿題をすませない、トイレもそうでした。なんでもすませなさいというのが、母、祖母の口癖でした。とにかく、早く早く、やることを毎日処理しなさいということでした。しかし会社に入っても、言われた仕事を納期通り、早くすませ、こなせと言い続けらたような気がします。遊びでもゴルフ場に遊びに行っても、早く回ってくること、遅れないことばかり言われますし、お客が帰ったあとでコース整備が早く終わって帰りたいので、整備の車がプレーのあとを追っかけて来ることもあり、さすがにクレームをつけました。

これは、日本人の几帳面、マジメさ、周りに迷惑をかけないなどの美徳が理由なのですが、なんでも「すます」ことが目的になってしまい、やること自体が忘れられているように思うことが今でもしばしばあります。食事やお風呂も、遊びもすべて楽しむものだと思います。自分に合った心から楽しめる環境を前もって作り、そこに入れば、どっぷり楽しむのが良いと思います。仕事はなかなかしている最中に楽しむのは難しいかもしれませんが、いい仕事をしたときに達成感を感じられれば、楽しんだ仕事だと思います。

今年のGWは元号が令和に代わることもあり、あと残り2日ですが10連休という長い休暇を取った人も多かったと思います。長い連休だから家族とどこかに行かねばならない、帰省しないといけない、楽しむことより、何か追いかけられて、迫られて動いているかもしれません。できれば、自分の好きなことを、好きな人(一人が好きな人ひとり)と好きな場所でやることがベストですね。なかなか難しいですが。

すます、こなすというのは、周囲から急がされて、あせって、あわてて、自分が動いていることが多いでしょう。まわりからコントロールされているのです。自分で考えて、決めて、行動していくのとは違うと思います。自律的に楽しく生きていくには、あせらず、あわてず、急がずに、が大事です。まわりから、あいつはマイペースすぎると言われるかもしれませんが、ゆっくり自分のペースで楽しんでいる人が、人生勝ちだとおもいます。

それでは、チュース!!

 

 

520.怒られているうちが花かもしれない

元NHKのアサイチや紅白歌合戦の司会者などで花形だった有働由美子氏がフリーになって1年、なぜNHKを辞めたのかという、見出しに興味をもってその記事を読んでみました。辞めた理由は、①NHK組織の枠の中で考えている自分が嫌になった、もっと自由に仕事がしたい。②50才になって局の中で自分の城ができてしまい、誰からも何も言われなくなった。③管理職になってマネジメントの仕事が増えるが自分は一線で働きたい。多くのNHK職員は彼女のような華やかな道や、看板番組をもてるわけでもなく、民放ほど高い給料でもない中で、黙々と管理職を目指したり、日々の多忙な業務をこなしているので、彼女の辞める理由を聞いても、花形エリートキャリア社員のわがままな戯言くらいに聞こえてしまい、共感は得られないと思いました。

さらに有働氏が辞めてみてわかったことは、NHKの看板を外すとなんの肩書もなく取材するのもたいへんこと、自分が上から目線で取材していて、取材対象と同じ目線にならなければだめだと思ったこと。なんかこれも当たり前すぎて、そんなことは辞める前からわかっていたことでしょうと突っ込みをいれたくなります。正直、記事は真実としても期待外れでした。

しかし、記事の中に、ひとつだけ、おう、そうだよなと共感できるところがありました。それは、新人の頃は、毎日毎日、先輩、上司から、いろいろ怒られまくりだった。しかし自分が昇進し実績もあげると、誰からも何も言われなくなった。新人の頃は、怒られるの嫌だったが、50才になってほっておかれるよりは、毎日構ってもらえた当時のほうが全然楽しかったという感想です。

これは、自分の経験、体験からもそう思います。わけもなく、道具として怒られたり、罵詈雑言吐く悪意を持った人は嫌ですが、多くの良心的な先輩、上司は、部下、後輩のことを思って教育的指導で叱って、エネルギーを使ってくれています。部下は感謝しなくてはいけません。多くの人は、部下の指導、育成は役割として義務でやっていますが、部下指導がうまい人は、自分の特権、楽しみとしてやっています。部下、後輩の成長がうれしいのです。しかしながら、昨今部下、後輩に向き合って真剣に叱れる人が激減しています。パワハラと叱ることの境が微妙で、安全サイドに走って何も言わなくなってしまのです。さらに女性の社会進出の一般化で、セクハラというさらに厄介なガイドラインも加わってしまいました。男性だったらなんでもなかった、就業後の外での指導はご法度です。さらに複数の女性社員を持つ上司は、全く公平に扱わないとやっかまれます。部下面談に時間を60分と決めたら、誰にもそうしないといけません。問題のある女子社員だけを長く面談指導することはできないのです。なんとも、堅苦しい、難しい時代になってきました。しかしこれは、まだパワハラ、セクハラのスタンダード基準がないからで、だんだん上手に対応できるようになります。やはり、若いうちは、厳しく部下愛のある上の方から指導されないと成長しません。鉄は熱いうちに、人は若いうちにたたけです。ちょっと昭和かもしれませんが。令和でも同じだと思います。

それでは、チュース!!

 

519.なぜなぜで人を追い込みすぎは、人をつぶす

先日、亡くなったマラソンの名伯楽、小出監督の追想で、教え子の高橋尚子さんは、小出監督はスランプに陥った時「なぜなんだと自分を追い込まないで、せっかくだからと思おう」のアドバイスが救いだったと言っていました。世の中で起きることすべて必然ということらしいです。とにかく選手に向き合って褒めてヤル気を出させる。それまでの体育会、陸連の組織、規律重視、叱咤激励でそれができないのは捨てる、のやり方とは真逆でした。だから陸連とは関係性が悪く対立してしまい、シドニーの後。当然、高橋選手は金メダルの威光もありアテネでも選ばれると思っていましたが、陸連選考で落選しました。その確執が背景にあると言われていました。これは陸連に限らず、日本社会全体が昔はそんな感じでした。

サラリーマンをしていた頃の話です。私のいた職場の先輩が、上司から、億単位で過剰になっていた部品在庫を半分にしろと言われて、マジメに廃却しました。廃却処理が終わり、定例職場会議でその廃却資料を上司に報告したところ、その廃却基準を聞かれました、「どういう基準で君はこの大量の部品を捨てたんだ」と、この上司は理系出身の超エリートで論理至上主義、感情は持ち合わせていません。先輩は超文系で、論理はありません。基準など考えたこともなかったようです。とにかく言われた廃却金額になるまで片っ端から捨てたのです。理系ロジック上司と文系先輩の会話は全く成立しません。約1時間「なぜなんだ、なぜなんだ」と、「・・・・・????」が続きました。とうとう最後に文系先輩は壊れてしまい「思い切って捨てました」と答え、会話は終了しましたが、1週間後、先輩は他部署に異動になりました。双方が合わないのはわかりますが、いまならパワハラでしょう。言われた先輩は、メンタルになりました。横で見ていても可哀そうでしたが、介入したらその矛先は自分に向かうのもわかっていましたから沈黙でした。

当時はトヨタ式全盛の時代で「なぜを5回」が一世を風靡して、トヨタ関連のコンサルタントが大手をふるっていました。時には人にも適用していました。会社のタテ社会、上司は圧倒的に権力をもって部下を管理していましたし、パワハラでも業績さえ上がれば会社は見て見ぬふりでした。そういう時代でした。しかし今は、そこまで部下を追及したら、ダメです。当時でも良識のある上司は、廃却指示を出した時、その基準を部下と一緒に考えていました。特に考えるのが不得手な人もいましたから。そして、途中経過を必ず聞いて中間でアドバイスをしていました。それが正しいプロセスです。そのパワハラ上司は早く結果を出して自分が評価を上げたいのと、部下は代替可能な消耗品と明言していましたから、部下の育成、指導は自分の役割にありませんでした。だめなら交代させればよかったのです。私も何度もその脅しは受けました。

今の管理職は、部下の指導、育成、成長は大きな役割です。部下の育成は上司に特権、楽しみでもあります。目の前の成果だけ出せばよい時代ではなくなりました。良い傾向だと思います。とにかく、部下を自分の権力を背景にギリギリ追い込むのをやめてください。私のいたその部署は、メンバー10人にうち半分くらいは、メンタルからみで入院、病院通いしていました。私の会社生活で完全ブラックな嫌な時代でした。

それでは、チュース!!