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suminaga2015 について

静岡市清水区出身 東京世田谷区在住、メーカー勤務を28年内10年海外で過ごす。転職で2社を経験した後、起業 現在 戦略・ビジョンの作成と実行、問題解決を中心とした研修、コンサルタントを行ってます。

588、毎年毎年同じ課題は、なぜ実行されないの

いま、どこの会社でも来年度の予算、計画が作られ、マネジメントから承認される時期です。数字の予算は、どこの会社も部門も必死になって実現可能な数字を、関係者がせめぎ合って決めていき、本気で気合をいれて実行します。しかし、毎年課題、テーマとしてはあげながら、実行もされず、できても褒められもせず、できなくても叱られもせずというテーマが、どこの会社にもあります。「業務改革の推進」「活性化した働きやすい職場の実現」「人財育成、キャリアビジョン作成」「風通しの良い、上下、部門間に壁のない風土つくり」「ボトムアップによる自律型組織の実現」「社内コミュニケーションの良化」なんとなく、そうなったらいいなという想いの集合であり、桃源郷でもあり、耳障りの良い定番の業務課題です。

しかし、ほとんど手つかずのまま期末を迎え、結果として頑張りました、良い方向に向かっていますという玉虫色でシャンシャンと終わります。その理由はかんたんで、やらなくても誰も困っていません。やっても評価されないし、やらなくても叱られないのです。業務達成数字とは異次元のものです。定性的な目標で、KPIはほとんど設定されていません。最後は、どれだけ頑張ったかだけが評価になり、それは評価者の好き嫌い、匙加減で終わってしまうことが多いのです。しかし、社員、管理職も業務目標設定表の枠には課題をたくさん書いたほうが、頑張っている感は強いし、重要課題にチャレンジしている感もその人の満足感につながります。

それら課題の達成できない原因を、部下の責任する上司は多いですが、その原因は上司です。優先順位の高い数値目標以外は、実は上司のヤル気がないのです。部下をそれを察知して、評価される課題に注力しているのです。形だけの課題は無視しているのです。

私はそれでいいと思うのですが、それなら、期ごとの課題に毎年やらない課題は削除すべきです。みせかけ、たてまえはやめましょう。そのほうが、すっきりします。ただ、毎年上げる課題は、中長期的にみたら大事な課題ばかりです。ただ単年度では不要です。そこは、マネジメント、上司の期間に関する考え方です。短期だけでよいなら、それらは不要です。しかし中長期で会社への貢献を考えたら、きちんとやるべき、やらせるべきです。そこは、マネジメントの価値観そのものです。

それでは、チュース!!

587.わくわく、どきどき職場が、目的の管理職は間違っている。

私が、昔代表を一時期していた、「職場風土改革」専門のコンサルタント会社は、オーナーの「なぜ会社は変わらないか」の本が爆発的に売れ、一時、受注が殺到しました。簡単に言うと、職場風土が良くなれば、良い戦略、戦術が生まれ、職場の関係性もいいから、その実行の円滑に進み、見違えるようによくなるというストーリーでその絵姿に憧れて、多くの会社がやってきました。その本は創作であること筆者から聞きました。私は、後半の部分の職場風土が良くなれば、本音が担保され、浸透、定着、実行がうまく機能しやすく、業績が上がるというところはある面、そのとおりだと思います。しかし、職場風土と戦略、戦術の作成は関係が薄いと思います。そこは全く違う、能力、スキルです。先を見る目と自社の実力、そして実行組織の準備と、人財の採用育成です。

マネジメント研修をしていて、自分がどんな職場を作りたいかというと、管理職の半数以上の人が、社員がわくわく、どきどきして、楽しく仕事ができる職場を作りたいと答えてきます。その結果、どんな良いことが会社に起こりますか。わくわく、どきどきがないと、どんな不都合が会社に起こりますかと質問すると、多くの人は、えーっという顔をするか、他に何か必要なんですかと逆質問されます。職場、会社の目的は業績、収益を上げることです。そのためには硬直した、風通しの悪い、情報が伝わらない、本音が言えない職場より、自由で、風通し良く、情報伝達が円滑で、皆が事実に基づいて活発に議論できるほうが、確実に収益はあがり、結果を出せます。そのための職場風土の活性化なのですが、最近その上位目標を忘れて、部下や、メンバーが気持ちよく仕事さえできればいい、結果はそうでもいいと考える人たちが急増しているのは、なんとも不安で、このままでは、会社は弱くなり、しいては日本の国力まで落ちてしまうのではと危惧しています。

元いた、風土改革の会社は、オーナー始め完全に左寄りで、社員、従業員だけ幸せになれば良いという考えで、私の会社業績うんぬんの話をすると、みんなから「住永さんて、資本主義的」と批難されました。それが早くその会社を辞める一つの理由でした。職場風土だけよくなっても絶対に会社は生き残れません。実際に職場環境はよくなっても、次のビジネスが見つからずに倒産していった会社をいくつか見ています。

最近のパワハラ怖さで、管理職は部下に対して、および腰、弱腰になっているのは事実です。しかし、わくわく、どきどきが、仕事の最終目的は、間違っています。それを踏まえて、会社の業績を上げていかないと、従業員を守れません。やはり、厳しく部下に接することや、時には部下と対立することも必要です。会社が生き残って、勝ち残っていくのは、これからの世の中で本当にたいへんです。勝ち残るには、どうしたらよいか、部下、チームと一緒に考え、実行していってください。やることは、いきいき・どきどき職場だけでは、ないはずです。

それでは、チュース!!

586.自分からの課題創出は、あきらめている

新年あけましておめでとうございます。いつもの通りのブログです。

よく言われる日米比較で、大学卒の志望先は、アメリカでは、起業、ベンチャー系、中小企業、大企業の準に対して、日本は大企業(公務員含む)、中小企業、ベンチャー系、です。その原因は、日本人は、昔から寄らば大樹の陰、親方日の丸気質によるものとされました。

でも、それはどうして起きるのか考えてみました。その理由は長年の教育システムだと思います。入試のための教育になっているため、どのくらい記憶しているかのお試しテストです。数学や、理科でも回答パターンをいかに見つけるかにかかります。その技を徹底的に教え込むが塾です。難関校に入るのは、大都市周辺の生徒が有利なのは、そのような受験のスキルに特化した塾が充実しているからです。ある大会社の人事部長から聞いた話では、大学、成績がほぼ同じなら大都市の私立有名受験高校より、地方の県立高校出身を選ぶと言っていました。地方県立高校のほうが、受験だけでなく余分はことをしているから、伸びしろが大きいということでした。もちろんその方の個人的見解です。

話は戻って、受験勉強も大学での勉強も、ほとんどが問題を出されて、早く回答する能力が訓練されます。卒論テーマは別とも思われますが、だいたい研究室の先生がテーマを決め、指導してくれますから、テーマ、課題を自分で決めて、トライすることは、ほとんどないのです。それで会社に入ってきて、各部署に配属されると、あらかじめ仕事内容や、研究テーマは、先輩、上司から指示されますから、そこでも自ら課題を考えることは、ほとんどありません。指示された仕事を、従順に文句を言わずに、早く、正確にさばく、こなせる社員が評価され課長くらい、時には部長までなっていくことが多いのです。

よく会社の管理職が、最近の若い者は、指示待ちが多くてと嘆きますが、実は昔からそうだったのです。私が、新入社員の40年前も上司は同じようなことを言っていました。それを言うのは管理職の鉄板コメントなのだと思います。前置きが長くてすみません。なぜきょうこのテーマを上げたのは、最近マネジメントコーチをしていると、上級管理職、課長、部長、役員には、なりたいと全員言うのですが、では、なった時に何をしたいのですか、どんな管理職になりたいですか、と質問すると、多くの方が、はあ?という顔になります。役職は欲しい、なりたいのですが、何をしたい。どういう課題にチャレンジしたいという具体的テーマはほぼないことが多いのです。もちろん役職に相応しい、レベルの高い、会社に貢献でき、部下指導もきちんと、の漠然とした一般的なことはありますが、自分から課題を創出して、そこに想い、魂、エネルギーを入れて何かを成し遂げたいというパワーを感じる人が少ないのです。その課題の答えまで、求めてくる人もいます。逆らわずに、きちんと仕事をしてきたから、そのポジションに来れたのは事実です。しかし、マネジメントとリーダーシップを発揮しながらテーマを自発的に創出してチャレンジしていくエネルギー、オーラは少ないのです。もちろん全体の中で、そういう人は2割くらいいれば良いのですが、ゼロだと未来の会社の発展、難関突破は難しくなります。

自分の自己成長と会社の成長の関心を持ち、「丸くならずに、星になって尖れ」が欲しいです。(これは、今日の箱根駅伝のサッポロビールのCMの三谷幸喜のパクりですが)。こうなることは難しいですが、そのためにはどうしたらいいか。当たり前ですが、視点を上げて、多くの人に会い、いろんな仕事に自らチャレンジなのです。そのあとは自分で考えましょう。

それでは、チュース!!

585.終身雇用はもう幻想である。でしなくてはいけないこと。

先日ある記事に、大企業が不景気でも赤字でもないのに、普通にリストラするようになった、とありました。最近の例として、味の素:50歳以上100人、カシオ:45歳以上200人、エーザイ:45歳以上100人、ファイザー:50歳以上200人、LIKIL:50歳以上、人数定めず、KIRIN45歳以上、人数定めずとあり、大きな会社でも、リストラは普通です。その専門役員もヘッドハンティングされます。構造改革という名目ですが、実際は年長者で、給料分働いていない、上のポジションがない人たちがターゲットです。会社が成長している時ならば、子会社や関係会社、取引先にいくらでも、本社出身ということでポストがあったのですが、もうそういう時代ではなくなりました。受け入れ先がないのです。特に伝統のある、時代から取り残された重厚長大の会社はそうです。新しい事業に転換した会社はありますが、そういう会社はその成長部門には、柔軟性、成長ののりしろの広い、若手を採用、抜擢していきます。結局、シニア社員はリストラされてしまうのです。

終身雇用が生まれたのは、昭和40年(1965年)代以降の、高度経済時代の頃で、それは一時的なものだったのに。何か昔からあるような錯覚をしているのだと思います。逆に、会社が普通にリストラするのが普通だと思ったほうがいいです。その頃は、会社がとても儲かるので、ボーナスを上げないために、終身雇用なのだから、会社の経営が悪い時でも同じようにボーナスを払うと、会社は言っていました。しかし、会社が時代遅れになり、赤字になれば、そんなことできるわけありません。その当時、会社は社員のロイヤリティを高めるため、会社は大きなファミリーみたいなところと言っていました。私がいた、富士フイルムもその頃は、バレーボールに力を入れ、有名選手を集めて、日本一に何度もなり、全社員が応援に行き士気を高めていました。しかし銀塩フイルムの儲け頭がデジカメに駆逐されたとたんに、チーム廃部です。すごくわかりやすい例です。

平成生まれの若い人たちは、ずっと低成長、リストラの嵐をみているわけなの、会社はあてにならない。自分の力を会社にいるうちに、どこでも通用するスキル、知識、仕事力をつけないと、生きられない。自分の力で生き抜かなくてはと思って当然なのですが・・・・。

しかし、若い人たちの研修に出たり、話していると、その状況は頭の中では十分にわかっているのですが、具体的に行動していない人がほとんどです。のんびり、のほほんとしていす。特に大企業ではです。何か、今の会社が、未来永劫に続き、自分はその中で、恵まれた仕事をもらい、安定した生活ができるだろうと信じている、思っている人が本当に多いです。厳しい就活を勝ち抜き、企業の正社員の地位を確保したのですから、当分はこのままの状況をエンジョイすればよい、確かではないが、会社がなんとかしてくれると思っています。たしかにそれはあります。30代までです。そのあと、力がなければリストラされます。他社への転職の為ではなく、自社で働き続けるためにも、自分の強みを見つけて、そこを強化しなくてはならないのです。何か、なるようにしかならない、自分が動いても何もできない、と諦めている人が多いのが、とても気になります。

そういう、潜在能力のある人たちを、揺らし、たたいて、気づかせ、行動させるのが私の仕事だと最近は思っています。社外だから言いたいことが言えるの、パワハラとは無縁で最近をいいなと思っています。

それでは、チュース!!

 

 

584.あなたの会社の忘年会に、若者は出席してくれますか?

いまは忘年会まっ盛り、たいていの会社、職場では全員参加が基本で、今でも行われています。一昔前なら、社員ならそれに出るのは当たり前でなんの疑問もなかったのですが、どうも最近は様子が変わってきました。私は研修、ワークショップの時に、懇親会、忘年会の出席率はどのくらいですかと聞くことにしています。それで、その職場の大体の雰囲気がわかります。8割以上ならまず問題なし、6~7割はまあ普通です。しかし、5割を切って、3割になると職場が相当荒れているとみたほうがいいです。そもそもそんな会はやりませんというところもあります。それはどうも会をやって、もめ事は起こしたくない様子でした。

昔でしたら、会社の忘年会は大事な仕事でした。仲間意識の共有であり、お互いにざっくばらんに話すことは大事だという共通の認識もありました。若い社員には、幹事が回ってきますし、2次会の選定もしておかなくてはなりません。しかし最近の平成生まれの社員には、懇親会、忘年会拒否の人が男女問わず増えています。忘年会は仕事ですか、プライベートですか?という質問が必ず出て、仕事なら会社が会費を払って、残業代をつけろ、プライベートなら行きたくないということです。昔なら終身雇用が前提でしたから、懇親会、忘年会も大事な仕事で、そこで上司、先輩に名前を覚えてもらい、いい奴だと思われることが、いい評価につながり、出世にも影響していました。また忘年会の段取り、進行をうまくやることは仕事にも役立つと言われましが、それは今の若者にはヒットしません。そしていまは、一流会社でも平気でリストラを行い、会社、上司への信用、信頼は一部エリート社員を除いては揺らいできています。会社は当面の生活のためであり、自分を成長させるためと割り切っています。だから、忘年会には出たがらないのです。

日本の会社の忘年会は、会社の序列がそのままついてきます。無礼講などあるはずはなく、宴席での上座、下座があり、敬語は当然で、上司にヨイショもしないといけないし、お酒もつがなくてはなりません。そんなところに、平成生まれの若者は、義理でなければいきたがりません。そういう私も、昔、嫌な上司の酒の勢いも加わった、叱責、乱暴狼藉に近いふるまいはほんとに嫌でした。2次会を用意してなかった後輩の幹事が、店を出たとたんに酒の勢いで上司に平手打ちにされた現場も見ました。さすがに、今はそこまでのパワハラはありませんが、できれば会社関係を飲み会にまで持ち込みたくない気持ちはわかります。

ある会社の、忘年会絶対に出たくないという女子社員が言うには、手取り17万円で、家賃払っての東京生活はカツカツなのに、部長、課長、男子社員、女子社員同額の会費で、上司や先輩にお酌して、お世辞言って、気を使って我慢するなんて、仕事しているほうがよっぽど楽と言っていました。

日本の社会、会社は、お酒の席の出来事、酔っ払いには甘いです。確かに職場の活性化、コミュニケーション、お互いを知る場は重要ですが、それは懇親会、忘年会でなくても良いと思います。もし忘年会をやるにしても、できるだけ立食でフラットに、気軽に若い人が話せる雰囲気を上司が作り、できれば会費も上司は多めに払うくらいの度量も欲しいところです。給料が違うのですから。もし仕事上の目的で行うならば、全部会社経費にすれば良いのです。そういうと、中高年は昔は俺たちは文句も言わずにえらい人に従ったのに不公平だと言うのですが、今はどこの会社も同じです。世の中変わったのです。しかし、最近できた、若いベンチャー系の会社は、古い老舗の会社とは違い、忘年会、懇親会はフラットで、経費は会社持ちで、かなり自由でした。でも社長は30代で、Tシャツ、デニムです。たぶんZOZOの前澤さんのところもそんな感じなんだと思います。世の中そういうところに、これからは若くて、優秀な人が集まっていくような気がします。古い会社は忘年会改革も必要です。

それでは、チュース!!

583.自分の強みは変わらないが、価値観は環境、経験で変わる

20年くらい前から、ストレングスファインダー、35の特徴の中から自分の強み5個をwebでリストアップを、3年~5年おきにしていますが、上位5個のうち4個は全く変わりません。行動力、最大化、社交性、コミュニケーション力、あとのひとつは変わります。つまり、年齢を重ねても自分の強みは変わらないようです。

先日、あるビジネス講演の中で価値観についての話がありました。自分と価値観が近い人とは相性が合うので仕事がしやすいが、合わない人とはベースになる価値観が違っていることが多いという流れでした。ある学者が15の価値観を3つに分類していました。

  • 個人的、内的価値観⇒社会性、美的創造、定常、行動、安定、自律、挑戦、研究、私的
  • 外的価値観⇒経済報酬、権力、評価
  • 内的、人・組織⇒支援、チームワーク、指導

講師の方の見解では、会社、組織のトップになるには、人・組織の価値観を持たなければ適性がないとのことでしたが、私の経験では、組織トップは経済報酬、権力、評価の価値観の人が多かったように思います。価値観、それは個人の好き嫌いですから、どれでも良いのですが、ふと思ったのは、自分の価値観も時代、年代とともに変わってきたことです。

20代、30代、40台のサラリーマン時代、組織で上を目指していた時は、行動(まずは動く)、権力(力を持たなければ大きなことはできない)、挑戦(新しいことへのチャレンジ)、評価(周囲からの)でした。しかし、会社生活を終え、雇われ社長→この時は価値観は前とほぼ同じ、のあと、起業して自営になってから現在までは、生活の基盤を自分で維持しなけれならなくなり、価値観は、経済報酬、安定、私的(プライベート充実)が主になり、最近は若い世代への支援という想いも強くなってきました。価値観は変わるものです。

大きな会社にいる時や、雇われ社長の時は、経済的な面は保証され、自分の時間はほぼ会社のために使い、行動、挑戦、評価を気にしながら上を目指していたのでしょう。しかし、環境の変化、私の場合はあるどうしようもない事情で会社を辞めざるを得なかった時から、会社、組織に対する信用、信頼は大きく変わりました。そこに全エネルギーをかけても、それに見合った報酬、見返りは得られないという悟りです。自分の道(リアルに言うと、自分の食い扶持)は自分で探し、自分の力で生きなければいけないという覚悟かもしれません。

けれどもまだ、サラリーマンとして良い処遇、待遇を受け、まだ上に行けるチャンスのあるうちは、全エネルギーと時間を会社にかける価値観は、十分にありだと思います。私的なプライベートなことは、会社を終わってからでも間に合います。チャレンジできるうちはチャレンジがいいと私は思います。もしそうでなくなった時に、違う価値観を見つけて行動を変えていけばよいのです。それで、全然OKです。簡単に言えば、環境にあった、自分にあった価値観をその都度、見つけていけば良いのです。頑なにひとつの価値観で生きることが美学の人以外は、それで良いのです。

それでは、チュース!!

583.老害の戒め

昨今、世の中・会社が優しくなったせいか、外部コーチから厳しくフィードバックをということで、ビジネスコーチングのお話を頂くことが多いです。好評のおかげで、リピートもあるのですが、時々本当に私との会話、対話、フィードバックは役に立っているのか、効果があるのか不安になることがあります。ビジネス、コンサル、講師の経験は、長くなり、知識、経験、体験、事例は数多く持っています。相手の方の状況、ゴール、意欲、経験に応じた、コーチングはできており、喜んで頂くことが多いのですが、ふと私の経験、体験、知識は、私だけのものであり、相手の方にフィットしているのか不安に思うことがあります。もちろん、上から目線や、答えをすぐに私が出したり、指示命令のような愚かなことはしていません。しかし、相手に十分に自ら考える質問、時間を用意しているか、相手が私と同じことをすれば良いと思わせていないか常に振り返っています。それをしたら、親切を装う老害です。若者が自ら考え、決断して、行動する、つまり成長する機会を奪っています。そこはいつも年長者は考えていないといけません。お仕事を頂けているからと言って、調子をこいてはいけないところです。

そもそも私が、若いころ、年長の先輩、上司の方たちの絶対正解風の高圧的アドバイスは、ほとんど意味、価値がないと思っていました。それは、たまたま先輩、上司の方たちの環境だったからで、今は状況が変わっているよ、と思っていることが多かったです。自分が同じことをしていないか、常に反省しています。私の師匠から、自分のサクセスストーリーともてた話は、墓場まで持っていけとの薫陶は大事だと思っています。その二つの話には人は寄ってきません。

会社のOB会に行くと、昔少しだけ職位の上の人がいまでも威張っています。同じ会費なのに。社外のシニアサークルでも、昔良い会社で、ポジションの高い人ほど、自慢話をして、思い出話に浸っていたり、普通の会社でポジションの下の若い人に偉ぶっています。これも老害でしょう。こういう会には人は集まってこなくなります。フラットな関係は彼らには無理のようです。昔の会社での良い肩書で、今でも生きているようです。

最近、会社の歓送迎会、忘年会、懇親会などへの若者、特に女子社員の出席率が、減ってきています。全体の出席率、半分以下で、来ているのは年配ばかりが多いです。会費は変わらないのに、勤務外で飲んだ席でも、年配の上司は上座で威厳を持ち、部下にお酌をさせ、自分にヨイショしないと機嫌の悪い輩もまだまだいます。セクハラはもってのほかですが、まだまだあるようです。そんな場所に若い人、女性社員は来なくなるのは当然でしょう。年配の方は、十分に老害ではないと意識しすぎてもまだ不十分と思ったくらいがちょうどいいです。老害は無意識のうちの権力行使です。十分に意識して、フラットで若い人でも自由に発言できる、環境を作ることが、年長、上司、シニアの役割です。時代は変わりました。

それでは、チュース!!