591.自由にモノが言えないのが、日本組織の息苦しさ

サラリーマン時代、私のいた会社、部門は、超トップダウンの階層社会で自由にモノを言うとたいへんなことになりました。その当時人事部の発案で自己申告制度がスタートしました。しかし、それは上長経由で人事部に報告されますから、上長にとって都合の悪いことは、全部上長の都合の良いように強制的に命令で書き直しになります。そうなると、やらされ感ゼロで、いつまでもこの職場にいたいということなります。それに抵抗などできる社員などいません。バツバツの評価になりますから上司の言いなりです。人事部の先輩から直接、私に質問があり、あの自己申告制度はいいだろうと自慢するので、上司が全部都合よく修正するから意味ないですよ、と気を許して言ってしまいました。その先輩も全く空気の読めない人で、私の上司に真正直なクレーム電話を入れ、そのせいで、私はその鬼上司から日曜日夜3時間電話で怒鳴られ、翌日午前中応接で絞られました。上司からなんで俺を陥れるのか、俺が出世できなかったらお前のせいだ、一生恨んでやると脅迫してきました。この人は極端でしたが、こんなパワハラも日常です。そんなパワハラ帝王でも、代取専務までのぼり詰めましたから、当時は会社も業績さえ上げれば、管理職の部下へのパワハラは黙認というか、厳しい部下指導とすり替えて奨励していました。この状態では、自由な発言など全く無理です。

あれから40年がたち、時代は変わり、きちがいのようなパワハラはなくなりましたが、自由にモノが言えない風土はあまり変わっていません。私のワークショップのグループ自由討議では、ここだけの話で外には出ないというと、どの会社、組織、階層でも本音ベースの話がどんどん飛び出し、相互作用で実に良い楽しい議論ができ、問題の本質まで、追い込み良い対応策も必ず出てきます。残念なのは、それが研修という場で終わってしまい、言わばガス抜き効果でしかないことです。みんな最後の感想で、こういう議論が自分の職場でもできるといいのだけど、とため息つきながら言う人が多いのです。それは、何故ですかと管理職の方に聞くと、長い間の会社の風土です、と会社の責任になります。その管理職の人が会議できょうは自由に発言しようと言っても、部下は何も言わないんだよと、今度は部下のせいにします。結局、自職場が活性化しないのは、他責で終わってしまうことがほとんどです。だから組織、会社は変わらないのです。

私はそういう時、確かにモノを言わせない上司では問題ですが、上司が納得するような言い方はありますよといいます。何を言うかも大事ですが、どう言うかもそれ以上に大切です。それから、部下がモノを言わないのはあなたが、そういう環境を作っているからと言います。部下から見たらあなたは怖いのです。何か言ったら仕返しされるかもという気持ちを持っているのです。そういう時は、気楽な雑談を管理職のあなたからして、雰囲気作りをしないと駄目なことを言うのですが、なんでそこまで上司が部下に気を使うのかと怒る人もいます。が、その人はその時点でNGです。世の中そういう時代なのです。

ただ、やはり日本人の議論嫌い、敬語に代表される序列を明確にしてからの発言は根深いものがあり、そう簡単には変わりません。グローバル化が遅れる最大の原因もここです。でも自分が変われば、自職場は変わり、自由な発言が出て、部下、後輩も元気に仕事に取り組むことも真実です。まず自分からです。

それでは、チュース!!

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